2005年04月10日

「国家の罠」…佐藤優(著)

国家の罠













・「国家の罠」という凄い本(天木直人)
・佐藤優さんの「国家の罠」が大きな反響を呼んでいる(鈴木宗男)
・国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて(amazon)
・時代のけじめとしての国策捜査(アルルの男・ヒロシ)
・国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―(新潮社)
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◇◆ 「国家の罠」という凄い本 ◆◇ (天木直人)

 「国家の罠」という凄い本が新潮社から出版された。鈴木宗男事件に関係して逮捕・起訴された佐藤優元外務省所職員の手になる告発書である。
 さっそく購入して目を通した。そして推測していた以上に卑劣な事が外務官僚と検察官僚によって行われていたことを知った。この国の闇を見る思いがした。

 しかし、この本の凄さの意味を一般の読者はどこまで理解するであろうか。この告発書の本当の凄さを、耐えられない思いで読んでいるのは外務省、検察庁の当事者であるに違いない。
 私がこの書で感じた思いは到底一言で述べられない。ここでは著者が国家権力に一人立ち向かって訴えようとしたつぎの二点を指摘するにとどめる。それだけでも十分すぎると思うからだ。4月8日号の週刊朝日、4月9日号の週間現代からの記事を一部引用して紹介する。

 その一つは「国策捜査」というものを、検察官自身が認めたという驚くべき事実である。「国策捜査」とは国家利益を守る目的で犯罪を作り上げていく作為的な捜査だ。
 東京地検特捜部の西村尚芳検事は佐藤氏にこう言ったという。「あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件をつくるため。国策捜査は時代のけじめをつけるために必要なんです。(あなたは)運が悪かったとしか言えない・・・」。どれほどの人間が国策捜査の犠牲になってきたことだろう。戦前ならいざしらず、今日においてもこのような国策捜査が行われていることは衝撃的だ。

 もう一つは外務官僚の卑劣さだ。佐藤氏は、「ムネオ事件」の発端となった鈴木宗男と田中真紀子の相打ちは、両者を外務省から追放したかった外務官僚の陰謀だったと主張する。そして「外務省は組織防衛のためなら何でもする。私のやったことは上層部がすべて決済して了承されたことであったのに、決裁書はすべて密かに処分され、公判でもウソの証言をした」と糾弾する。

 佐藤氏の小泉首相に関する言及がおもしろい。極めて正鵠を得ていると思う。「私は小泉首相本人が意図的に鈴木さんを狙ったとは思いません。鈴木さんを守って政権がつぶれるのを回避しただけです」
 「国家の罠」で明らかにされた官僚の卑劣さ。政治家さえも切り捨てる面従腹背の官僚のしたたかさ。しかもその官僚が出世の為にお互いを攻撃しあう。裏切る。
佐藤氏は言う。「なにしろ正式な決済を得て、上司からも『骨を拾う』と言われて進めた仕事で逮捕されたわけです。つまり骨になっても、その骨さえ絶対に拾ってもらえない・・・外務省と言う組織は、あの時に壊れてしまったのです・・・」

http://amaki.cocolog-nifty.com/amaki/2005/03/32905.html

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ムネオ日記
2005年3月29日(火) 鈴木宗男


佐藤優さんの「国家の罠」(新潮社)が大きな反響を呼んでいる。先週の週刊新潮の「真紀子ヒトラーと宗男スターリンの死闘」は本の一部を紹介しているもので興味をそそる。今週の週刊現代では「私と鈴木宗男を陷れた面々」と佐藤さんの告白インタビューは魚住昭先生とのやりとりだけにとっても迫力がある。今日発売の週刊朝日、「私が国家の罠に落ちた理由の中で事件は時代のけじめをつけるための国策捜査だったと主張する」佐藤さんの明確な信念や想いが伝わってくる。

多くの人が「国家の罠」週刊誌での佐藤さんの発言を読んで何が真実かそれなりに答えが出ることだろう。私も検察官から「権力を背景にやっていますので国策捜査と言われればその通りです」と言われたことを思い出しながら意図的に恣意的に事件は作られ狙われたらどうしようもない現実を経験したものとして佐藤さんの気持ちが痛いほど判る。私も佐藤さんも一に国益、二に国益、三、四無くて五に国益をふまえ、日露関係の発展、領土問題の解決に努力したことを誇りに思いながら過ぎし日々を振り返るものである。

http://www.muneo.gr.jp/html/page001.html

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国家の罠国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて
佐藤 優 (著)

価格: ¥1,680 (税込)

出版社/著者からの内容紹介
外務省、検察庁、永田町を震撼させる衝撃の告白手記!
外務省元主任分析官は、政治と外交の最前線で何を見たのか?
有能な外交官にして傑出した情報マン──。国を愛し、国のために尽くしたにもかかわらず、すべてを奪われた男が、沈黙を破り、「鈴木宗男事件」の真実と、「国策捜査」の実態を明らかにする。「背任」と「偽計業務妨害」容疑で逮捕され、東京拘置所での拘留生活は、なんと512日にも及んだ。2005年2月に下された第一審判決は懲役2年6カ月、執行猶予4年。しかし、男の闘いはまだまだ続く──。

出版社からのコメント
 1991年ソ連消滅。エリツィン大統領の台頭から、その後の大混乱の時代を経て、プーチン氏への政権委譲へと続く90年代激動のロシアを縦横無尽に駆け回り、類い希な専門知識と豊富な人脈を駆使して、膨大な情報を日本政府にもたらした男、それが元主任分析官、佐藤優だ。
 2000年までの平和条約の締結と北方領土の返還という外交政策の実現を目指して、ロシア外交の最前線で活躍していた彼は、なぜ「国策捜査」の対象となり、東京地検特捜部に逮捕されされなければならなかったのか? そもそも、検察による「国策捜査」とは何か?
さらに、鈴木宗男代議士による外務省支配の実態とは? 小泉政権誕生の「生みの母」とまで言われた田中眞紀子外相の実像とは? 宗男VS.眞紀子戦争の裏側で何が起こっていたのか──。
 512日にも及んだ獄中で構想を練り、釈放後1年以上をかけて執筆された、まさに入魂の告白手記。

著者について
佐藤 優(さとう・まさる)
元外務省主任分析官。一九六〇年生まれ。一九八五年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。九五年まで在英国日本国大使館、ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、九五年より外務本省国際情報局分析第一課に勤務。二〇〇二年五月に逮捕、現在起訴休職中(元主任分析官)。外交官として勤務するかたわらモスクワ国立大学哲学部客員講師(神学・宗教哲学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)をつとめた。訳書:フロマートカ『なぜ私は生きているか』(新教出版社)、ジュガーノフ『ロシアと現代世界』(自由国民社)等


カスタマーレビュー

上四半期最大の収穫の1つ, 2005/03/29
レビュアー: isayamabushiko (プロフィールを見る) 東京都 Japan

面白ですよ、これ。週刊新潮と週刊文春は宗男バッシングの急先鋒だったと思いますが、なんで佐藤さんの手記が新潮社から出るのか? そんな疑問もありましたが、ともかく引き込まれる手記です。
外務省をめぐる一連の騒動の内幕が暴露されています。田中眞紀子さんの大臣就任で大混乱をきたした外務省が、無茶苦茶をやる田中外相に対抗するために、橋本-小渕-森政権で重用されていた鈴木宗男議員とそのラインに連なる官僚を持ち上げる。田中外相が追放された後は鈴木議員を切り、旧政権派の鈴木ラインである東郷和彦、佐藤優がパージされる。一連の経過はまともに名指しで「誰がどうした」、「誰が誰をどう評価していた」などと書いてあります。例えば、省内では佐藤追放に小寺ロシア課長が暗躍していたとか、駐露大使が「小寺は馬鹿です」と宴会の会場で公言したとか。また、官僚の生態の描写も出色です。「日本人の実質識字率は5%だからなあ」と言い切ってしまう外務省幹部。「これは国策捜査なの」(おいおい)と言い切ってしまう特捜検事。暴露ものとして十分に面白いのですが、佐藤さんの能力は大変なものだと思いました。ロシアをめぐる複雑な外交事情を明晰に分析して素人にも分かり易く説明してくれており、勉強になります。この能力は並大抵のものではありません。やはり彼は有能な情報官僚であったのでしょう。また、人間洞察も鋭いものがあります。面白いばかりでなくいろいろ考えさせられる本です。
なお「機微な」という言い方が頻繁に出てきますがこれは外務省特有の言い回しなのでしょうか。


愛国的外交官はなぜ国策捜査の犠牲になったか?, 2005/03/29
レビュアー: 小牧勇次郎 (プロフィールを見る) 東京都 Japan

冷戦後の激動するロシアで大活躍した敏腕外交官であり、国策捜査により逮捕され有罪判決を受けた佐藤優氏の手記。長期間の留置という境遇にありながら、自己の利益よりも日本の国益、国益に繋がる外交機密やその情報源の秘匿を最優先した佐藤氏の愛国的行動には感動させられる。なぜこのような愛国心に溢れた外交官が逮捕され外交官生命を失うことになったのか?佐藤氏は「小泉首相周辺の意向」としか触れないが、同時期に中国やロシアと親しい政治家の多くが一斉に失脚したことから考えて、イラク侵略に反対するであろう中露と日本を分断する為のブッシュ政権からの命令に小泉首相が従ったことが原因ではないだろうか?

この本は佐藤氏の活躍と国策捜査の不当性という本題だけでなく、佐藤氏の外交分析が散りばめられている点でも非常に貴重である。
冷戦後の日本の外交には@米国との同盟深化を目指す狭義親米派、A対米関係を維持しつつ中国と安定した関係を維持する事を目指すアジア主義(チャイナスクール中心)、B中国を封じ込める為に、対米関係を維持しつつロシアとの関係改善を目指す地政学派(ロシアスクール中心)の三つの派閥が生じ、橋本・小渕・森の歴代三首相の支持の基に地政学派が勢力を拡大したが、小泉政権ではアジア主義と地政学派が排除され狭義親米派のみが生き残ったとの分析、田中真紀子以後のポピュリズム現象による排外主義的ナショナリズム昂揚の傾向の指摘は実に興味深い。

ロシア政府高官の強い信頼関係を勝ち得た上で、四島の帰属確認という最低線を決して譲らなかった鈴木宗男氏や佐藤優氏が失脚したことは日本にとっての国家的損失であったとの私の気持ちはこの本を読んで確信に変わった。米国のイラク侵略が失敗しアジアから撤退し始めている現状で、北方領土問題が難航している今こそこの二人を現場に復帰させるべきである。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104752010/250-7316443-8757862

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鈴木元議員の「懐刀」、内幕描く手記25日出版

鈴木宗男元衆院議員の「懐刀」として北方領土交渉の裏舞台で動いた外務省の佐藤優・元主任分析官(45)=休職中=が、鈴木元議員と田中真紀子元外相との対立や、一連の「ムネオ事件」をめぐる東京地検の取り調べの模様などを手記にまとめ、25日付で出版する。

「国家の罠(わな)・外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社)で、政治、外交、司法の内幕を生々しく描いている。田中氏の外相就任で混乱した外務省が、「真紀子が毒蛇なら宗男はサソリ」と相打ちを画策。初めは幹部が鈴木元議員の事務所を訪れ、田中氏の問題発言を書いた文書を渡すなどして騒ぎを大きくし、外相が更迭されると鈴木元議員の逮捕に向けて省内で捜査に協力していたとして、その様子をつづっている。

自らが東京拘置所で過ごした512日間に及ぶ勾留(こうりゅう)生活も克明に記録。記憶に基づいて検事とのやりとりを詳細に「再現」、取り調べで「これは鈴木宗男を狙った国策捜査だからな」「外務省はあんたのことを完全に切っている」と言われたという記述もある。

また、外交の裏舞台で見せたロシア側要人らとの親密ぶりや、国際的な情報収集活動の実態にも触れている。

佐藤元分析官は橋本、小渕、森政権の北方領土交渉で活躍したが、02年に東京地検特捜部に背任と偽計業務妨害の容疑で逮捕された。今年2月、東京地裁から懲役2年6カ月執行猶予4年の判決を受け、控訴。鈴木元議員は実刑判決を受け、控訴している。

2005年03月24日22時59分

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1049805/detail



時代のけじめとしての国策捜査 アルルの男・ヒロシ

最近、『国家の罠』(新潮社)という本を読んだ。著者は、元外務省の佐藤優氏です。

この本の帯には「これは国策捜査だ」と書いてある。佐藤氏は鈴木宗男と密接な関係を築いていた外交官で、なおかつロシアのユダヤ人コミュニティに多くの情報源をもつ日本の「諜報員」のようなことを沢山やってきた人だ。イスラエルのエリート養成大学である、テルアビブ大学のゴロデツキー教授という人とのパイプも深い。

その佐藤氏が、ロシア支援委員会の費用の流用に関する「背任」と、三井物産の北方領土へのディーゼル発電機の供与を巡る業者選定における談合の問題で、東京地検特捜部に逮捕されたのは2002年5月のことである。

その後、新聞報道で、佐藤氏が「これは国策捜査だ」というコメントを出したということを我々は知ることになった。私はてっきり、これは佐藤氏が、検察に対して、「お前達のやっていることは国策捜査だ」と非難の意味を込めてぶつけた言葉であると思った。ところが実際はそうではない。

佐藤氏は、本書の218頁以下数カ所で、取り調べ担当の西村尚芳検事が、「だってこれは国策捜査なんだから」と自ら進んで捜査の性質を明かした、と述べている。なんと検察自身が国策捜査ですよと佐藤氏に話したというのだ。

西村検事と佐藤氏は、検事と被疑者という立場でありながら、国策捜査というものについて、相当なレベルで突っ込んだ議論をしていた。これは本書の287頁「下げられたハードル」以下で述べられている。佐藤氏は、国策捜査は「時代のけじめ」であり、そこで逮捕された人は単に「運が悪かった」ということになる。

この点では、特捜の捜査には、首をかしげざるを得ないものが多く、大抵は政財界人の一種の「権力闘争」に過ぎないのではないか、と思っていた私にはすごく腑に落ちる部分であった。

西村検事は、さらに、「そういうこと。評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」とまで述べている。事後法ではないにしても、法律の適用基準が変わってくる。政治家に対しての国策捜査は徐々にハードルが下がってくる。

西村氏に対して、佐藤氏は「あなた達検察が恣意的に適用基準を下げて事件を作り出しているのではないだろうか」と疑問を投げかける。西村氏ら検察の議論は、因果関係が逆ではないか、といっているわけだ。

西村氏は、「僕たちは適用基準を決められない。時々の一般国民の基準で適用基準を決めなくてはならない」として、一般国民の正義を引き合いに出して、検察の決定を擁護している。「ワイドショーと週刊誌の論調で事件が出来ていく」ことを、この検事は「それが今の日本の現実」だと素直に認めている。

私は、この西村検事のくだりを読んで、納得すると同時に、やはり違和感を覚える。西村氏は、ワイドショーで日本の世論が形成されていくことを認めながら、それは「一般国民の感覚」であると言っている。そこには、マスメディアが国民の世論を一定方向に人為的に操作しようとすれば出来るという認識が足りない。

ある日突然、法律の適用基準が変わるのは、国民の正義感を受けたものではない。むしろ、その基準が変わったことをきっかけにして、「国民の正義感」というものが、マスコミを使って変容させられていく、という過程があると見るべきではないだろうか。

それでは、佐藤氏、鈴木氏に対して、国策捜査が行われなければならなかった原因とはなんだったのか。佐藤氏は自分なりに原因を分析している。彼自身が書いているように、国家機密に類する事柄を佐藤氏は多く抱え込んでいる。これは鈴木氏も同様と思われる。

佐藤氏は、外務省内部の潮流の分析からこの問題を考えている。冷戦後の外務省の潮流として、佐藤氏は、@親米主義Aアジア主義B地政学論の3つの流れが存在すると分析している。米同時多発テロと一連の外務省騒動(田中真紀子外相の更迭)によって、AとBの人脈が外務省から駆逐されたと彼は書く。特にこのBを体現していたのが、どうも鈴木宗男氏だったらしい。この地政学論というのは、勃興する中国を牽制するために、日米露で中国を地政学的に封じ込めるという戦略で、冷戦時に対ソ強硬派であったロシアン・スクールの官僚たちの作戦だったという。

このAチャイナ・スクールとB地政学論が失脚することで、我が世の春を謳歌しているのが、@の親米主義ということなのだろう。

さらに、佐藤氏は、本書292頁以下で、日本の政治が、ケインズ型からハイエク型に向かっていると述べており、鈴木宗男はケインズ型政治家の代表格であったと述べている。このハイエク型というのは少々異論を招く呼び方だろうが、要するに新古典派自由主義のことを指し、小さな政府を目指した、共和党ブッシュ政権の経済思想を指していると思われる。私は、ハゲタカ・ファンドによる日本買いによる「日本再生」といった、小泉政権の経済政策もこれに含まれるだろうと理解している。

その経済思想の転換とともに、国民の世論も「国際協調的愛国主義」から「排外的ナショナリズム」への転換をむかえているという。日本のナショナリズムが排外的ナショナリズムに移行しつつあるという、佐藤氏の分析は傾聴に値する。

佐藤優氏は、以上のような大きな枠組みの中で、鈴木宗男事件を捕らえている。一方で、捜査の手が森前首相に及びそうになったら、突然検察の捜査が終わって、担当検事も異動になったとも書いている。国策捜査を命じたのは、日本国内では、どうも森氏や小泉氏の周辺にある人々であると示唆しているようである。

総じて言えば、この本で展開される「国策捜査論」にこそ、この本の価値があるといえる。国策捜査は、一般市民に関係ないところで行われるので、厳密には検察ファッショではないが、事件を無理矢理に作るという点では明らかに異常である。ところが、国策捜査でパクられた人は「運が悪かっただけ」なので、実刑を喰らわせることは少なく、大抵は執行猶予が付く。この見事な「バランス感覚」によって、国策捜査が成り立っているということが分かった。これは極めて貴重な証言であり、告発である。

とはいえ、ここまで被疑者と密接な関係を築いて、対等の立場で議論をたたかわせた、西村検事は、検察上層部に疎まれたようで、地方の検察庁に異動(左遷)されてしまった。

国策捜査=時代のけじめ論は、堤義明氏逮捕にも繋がる極めて重要な視点である。
是非一読を勧めたい。

http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/170404.htm



国家の罠
―外務省のラスプーチンと呼ばれて―


 その日は夜遅くまで私は鈴木氏と話し込んだ。私は、「ここは一歩後退・二歩前進で、『チーム』も解散し、私も異動し、対露外交は、新執行部の『お手並み拝見』で行くべきだ」と主張したが、鈴木氏はこれに反対した。
「この問題は、あんた個人にとどまらない。田中も小寺も超えてはいけない一線を超えた。これに対しては責任をとってもらわなくてはならない。あんたは日本の国益のためにここまで一生懸命にやってきたんだろう。そのあんたの仕事を評価しないのはおかしな話だ。もはや官僚の力ではあんたを守りきれない」
 私は「一歩後退・二歩前進」論を繰り返したが、鈴木氏は「今ここで一歩後退したら、次は十歩、その次は百歩後退することを余儀なくされる。これは国益に反する。官僚の喧嘩ではなく政争だから、もはや引くことはできないよ」と言った。
 鈴木氏がここまで言うのならと、私も腹を括ることにした。そして、紙を取り出し、相関図を描き、一九四一年初頭の国際情勢について、説明し始めた。
「現在の状況は、独ソ戦直前の国際情勢に似ています。以下のアナロジーでいきましょう。
 田中眞紀子はヒトラー・ドイツ総統です。
 外務省執行部はチャーチル・イギリス首相です。
 小泉純一郎はルーズベルト・アメリカ大統領です。
 そして、鈴木先生がスターリン・ソ連首相です」――。
 鈴木氏は「俺はスターリンなのか」と怪訝な面もちで問いかけるので、私は「そうです」と言って説明を続ける。
「ドイツとイギリスは既に戦争を始めています。イギリスは守勢なので、アメリカの助けが欲しいのですが、アメリカは当面、動きそうにありません。そこで、決して好きではないのですが、ソ連を味方に付けようとしています。外務省執行部は、鈴木先生と田中大臣が戦争を開始すれば大喜びでしょう。
 対田中戦争で外務省執行部は鈴木大臣と同盟を組むでしょう。しかし、これは本当の同盟ではありません。戦後に新たに深刻な問題が生じるでしょう。それに外務省内では田中大臣の力に頼り、権力拡大を考えている人たちもいます」
 鈴木氏は私が描いた相関図を手に取り、「あんたはどこにいるんだ」と問う。
 私は、「当時、チェコスロバキアの亡命政権は、ロンドン派とモスクワ派に分かれていました。モスクワ派首班のゴッドワルド・チェコ共産党書記長といったところでしょう」と答えた。
 すると、鈴木氏は、「外務省は勘違いしないことだな。俺は今のところスターリンだが、もしかするとムッソリーニ(イタリア首相)になり、ヒトラーと手を結ぶかもしれない」と冗談半分に微笑んだ。
 信頼する外務省幹部に鈴木氏とのやりとりについて話した。幹部は「それが君の見立てなのか。なるほど」とうなずいて、次のように続けた。
「田中大臣のエラーは、戦線を拡大しすぎたことだ。外務省から経世会(橋本派)の影響力を追い出すということで、敵を鈴木宗男、東郷、君に限定していれば、君もわかっているように、うち(外務省)には鈴木さんや君のことを面白く思っていない連中が多いから、うまく勝つことができたと思う。
 しかし、五月八日、アーミテージ米国務副長官との会談をドタキャンしたが、婆さん(田中女史)はその時、大臣就任祝いにもらった胡蝶蘭への礼状を書いていたんだ。これに対してみんなが危機感をもった。来日したアメリカ政府の要人に会うより、胡蝶蘭の礼状書きがプライオリティの高い仕事だというのだからね」
 にわかには信じられなかった。私は「ほんとうですか」と尋ねた。
「ほんとうなんだ。外交についてブリーフしようとしても時間をつくってくれない。そもそもサブスタンス(外交の実質)に関心がない。外務省を攻撃して、国民的人気を得ることと周囲に言うことを聞く人間を集める人事にしか関心がない。小寺人事をゴリ押しして、外務省を恣意的に支配しようとしている。
 科学技術庁ではそれができたかもしれないが(田中女史は村山富市政権時代に科学技術庁長官をつとめたが、その時に官房長を更迭したことがある)、うちではそうはいかない。これで組織全体を敵に回した。新聞は婆さんの危うさについてきちんと書いているんだけれど、日本人の実質識字率は五パーセントだから、新聞は影響力を持たない。ワイドショーと週刊誌の中吊り広告で物事は動いていく。残念ながらそういったところだね。その状況で、さてこちらはお国のために何ができるかということだが……」と幹部は続けた。
 すでにこの時期、田中外相と外務官僚の対立は世間に広く知られるようになっていた。対立の発端は、田中女史が就任早々に発した、「人事凍結令」だった。この凍結令で前外相時代に内定していた大使十九人と退任帰国予定の幹部七人の人事がストップされるという異例の事態になったのである。もちろん、これまで述べてきた小寺氏に関する人事もこのなかに含まれる。
 省内の緊張が高まる中で田中女史は「外務省は伏魔殿」と発言。さらに、川島事務次官、飯村官房長らを「大臣室出入り禁止」にしたことで外相と官僚の対立はいよいよ深刻なものとなっていた。
 米国務副長官との会談ドタキャン事件はこうした中で起こった。アーミテージ氏は日米外交のキーパーソンだっただけに、その彼との会談をキャンセルしたことは日米関係に悪い影響を与えるとして、いくつかのメディアで非難の対象となった。それでも、そうした批判は「眞紀子イジメだ」とする、感情的な論調がこの時点ではまだまだ支配的だった。
 私は、田中眞紀子女史は「天才」であると考えている。田中女史のことばは、人々の感情に訴えるのみでなく、潜在意識を動かすことができる。文化人類学で「トリックスター(騒動師)」という概念があるが、これがあてはまる。
「トリックスター」は、神話や昔話の世界によく見られるが、既成社会の道徳や秩序を揺さぶるが、同時に文化を活性化する。田中女史の登場によって、日本の政治文化が大きく活性化されたことは間違いない。しかし、問題は活性化された政治がどこに向かっていくかということだ。

 あるとき田中女史が何の前触れもなく、私が勤務する国際情報局分析第一課の部屋を訪ねてきた。外相のはじめての省内視察として、なぜかわが課が選ばれたのだ。課長はあわてて背広を着た。私はワイシャツのままで、椅子から立って、田中女史の来訪に歓迎の意向を表した。
 田中女史は白いスーツを着て、「この部屋は何をやっているのですか」とにこやかに問いかけてきた。そして、私の机の前にやってきた。私の向かいの机は空席で、そこにはロシアの新聞と北朝鮮の新聞が無造作に積まれていた。田中女史はロシア語の新聞を手に取り、私の方を向いて「これは何語の新聞ですか」と問いかけた。一瞬、私と眼があった。田中女史は、ほほえんでいたが、眼は笑っていなかった。爬虫類のような眼をしていた。
 私が黙っていると課長が「ロシア語の新聞です」と答えた。田中女史は、「この課はロシアのことをやっているの。ほかには何をやっているんですか」と課員に話しかけたところで、今井正国際情報局長が飛び込んできた。そして、国際情報局の仕事について説明しはじめた。
 この抜き打ちの訪問の後で、私は今井局長に呼ばれ、こう言われた。
「あれは佐藤さんの様子を偵察しに来たね。分析第二課にも一応出かけていったが、目的は佐藤さんの人相見だと思うよ。いったい誰が佐藤さんのことを吹き込んでいるんだろうね」
 その晩、鈴木氏から電話がかかってきた。
「あんた、田中大臣があんたのことを『ラスプーチンのところに行ってきたけれど、思ったよりもかわいい顔をしているのね』と言っていたそうだぞ。あんただったら田中眞紀子とも上手くやっていけるだろうから、秘書官になったらどうだ」と笑いながら問いかけてきた。
 私は「田中大臣の好みは歌舞伎役者のような美男子ですから、私は向かないでしょう」と答えると鈴木氏は「どうも髭を生やしているといけないらしいな。あんたは髭は生やさないのか」と言う。私は、「髭は手入れがたいへんなので生やしませんが一案があります」と答えた。
 翌朝、私は理髪店に行き、五分刈りにしてもらった。そして、衆議院第一議員会館の鈴木事務所に出かけた。
 鈴木氏が「あんた、いったいどうしたんだ」と言うので、私は「どうもラスプーチンとしての気迫が田中大臣に伝わらなかったようなので、頭を丸めてみました。戦闘態勢です」と答えた。そして、この丸刈りを私は田中女史が外相から解任されるまで続けた。

http://www.shinchosha.co.jp/books/html/4-10-475201-0.html


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