2005年03月12日

世界を不幸にしたグローバリズムの正体

世界を不幸にしたグローバリズムの正体世界を不幸にしたグローバリズムの正体
ジョセフ・E. スティグリッツ(著)

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2001年のノーベル経済学賞受賞者、スティグリッツが、アメリカ・IMF主導のグローバリズムに異議を唱えた衝撃的な1冊。著者は、1993年にビル・クリントン大統領の経済諮問委員(1995年委員長就任)として、また97年からは世界銀行のチーフ・エコノミスト兼上級副総裁として働いた経験を持つ。


本書は、そのスティグリッツが、世銀時代にいくつもの発展途上国を訪れ、そこで目の当たりにしたグローバリズムの現実をもとに書き下ろされている。スティグリッツはエチオピアで「IMFの驚くべき政治と算術の世界をありありと見せつけ」られ、IMFに対する疑念を抱きはじめる。資金を出している市民や直接影響を受ける発展途上国の市民ではなく、先進国(特にアメリカ)の意向に左右される体質、救済対象となる国の主権をおびやかすやり方、途上国には市場開放を迫っておきながら、都合の悪い産業においては保護貿易を貫くダブルスタンダード、IMF設立を主張したケインズの意図とは反対に市場礼賛主義に陥っている現状など、さまざまな問題点が指摘されている。IMFの指導のもとでますます貧困が拡大した国の例や、東アジア危機、ロシアの失敗、アルゼンチンの破綻、反対にIMFと距離を置くことで成功したボツワナや中国の例などが挙げられており、IMFの政策の不手際が指摘されている。

スティグリッツは、アメリカ・IMF主導のグローバリズムについては手厳しい評価を下しながら、グローバリズムが本来持つメリットについても主張している。貧困をなくし、世界を幸せにする真のグローバリズムとは何か。最終章で示されたスティグリッツの提言が、きっと何らかのヒントになるはずだ。(土井英司)

内容(「MARC」データベースより)
WTO、IMF、世界銀行…これら国際経済機関が介入した地域に何が起こったか? 利益を得たのは誰だったのか? 2001年ノーベル賞経済学者が、大国のダブル・スタンダードに左右されたグローバリズムの怖さを訴える。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
スティグリッツ,ジョセフ・E.
1943年生まれ。アーマスト大学卒業後、マサチューセッツ工科大学大学院に進み、英国ケンブリッジ大学へ留学。博士号を取得。エール大学をはじめオックスフォード、プリンストン、スタンフォード大学で教鞭をとる。ミクロとマクロの経済学を統合する新パラダイムを確立し、情報、インセンティブ、技術革新などの問題に新しい光をあてた。1993年3月、クリントン政権の大統領経済諮問委員会(CEA)に参加、95年6月よりCEA委員長に就任し、アメリカの経済政策の運営にたずさわった。1997年1月にCEA委員長を辞任後、世界銀行の上級副総裁兼チーフ・エコノミストを2000年1月まで務める。「情報の経済学」を築き上げた貢献により2001年のノーベル経済学賞を受賞。アメリカのスター的経済学者であり、「50年に1人の逸材」と賞賛されている。現在はコロンビア大学教授
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The Globe Now: 世界を不幸にするIMF

 諸国民の富を使って「市場原理主義」を押しつけ、失
敗しても責任を問われない不思議な国際機関。
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■1.世界の貧困の原因は?■

2001年のノーベル賞経済学賞を受賞したジョゼフ・スティグリッツは、1997年に世界銀行でチーフ・エコノミスト兼上級副総裁としての勤務を始める前夜、記者会見でこう抱負を述べた。

経済学者としての現在の最大の挑戦は、拡大している現代の貧困の問題に取り組むことだと思っている。一日1ドル以下で暮らしている人びとは、世界で12億人いる。一日2ドル以下の人びとは28億人だ。世界人口の45%を上回る。彼らのために何ができるか? 貧困のない世界という夢を実現するために何ができるのか? せめてもう少し貧困のやわらいだ世界を、という夢なら叶えられるのか? [1,p47]

世界の貧困に挑戦するという、まさに経済学者としての責務にスティグリッツは真っ正面から取り組もうとしたのである。しかし世界銀行でこの問題に取り組んでいくうちに、彼は驚くべき発見をする。

それが難しい責務であることはわかっていたが、まさか発展途上国の直面している主要な障害が、人工的な、まったく不必要なもので、しかも(ワシントンの世界銀行の)通りの向かい側に本拠をかまえる姉妹機関のIMFにあるとは当時、思ってもいなかった。[1,p47]

世界の貧困と戦うためには、それを作り出しているIMFと戦わねばならない、そう考えてスティグリッツがまとめたのが、「世界を不幸にするグローバリズム」[1]である。今回はこの本にしたがって、スティグリッツの訴えを聴いてみよう。

■2.アジア通貨危機■

IMFの正式名は、International Monetary Fund、国際通貨基金。1930年代の大恐慌の原因となった経済政策の大失敗を繰り返さないために国際金融システムの安定を確保する事を目的として、1945年12月に設立された。その活動の中心は国際収支に関する問題を抱える加盟国に信用や融資を提供し、調整と改革の政策を支援することで、2002年6月時点で88カ国に対し約880億ドル、10兆円規模の融資をしている。[2]

問題を抱える国に融資を行う機関がどうして貧困を作り出していると、スティグリッツは言うのか? 1997年のアジア通貨危機を例に見てみよう。この年の7月2日、タイのバーツが一晩にして約25%も急落した。それまで大量に流入していた投機資本が一斉に、流出し始めたのである。タイではこの年、国内総生産(GDP)の7.9%に相当する額が流入から流出に逆転した。

投機家の手口はこうだ。まずタイの銀行に行って240億バーツ借りる。もとの相場は1ドル=24バーツだったので、これを10億ドルに換えることができる。そして1週間後にバーツが1ドル=40バーツとなると、6億ドルを240億バーツに換えて、銀行に返済する。4億ドルが自分の手元に残る。わずか1週間、自己資金ゼロで、4億ドルが手に入るという魔法である。そして大量にバーツを売り浴びせれば、タイ政府は買い支えられず、バーツは確実に安くなるのである。

通貨危機は、マレーシア、韓国、フィリピン、インドネシアと広がった。失業率はタイで3倍、韓国で4倍、インドネシアでは10倍に跳ね上がった。GDPは大きく落ち込み、98年にはタイで10.8%、韓国で6.7%、インドネシアで13.1%下がった。それにつれて貧困層も拡大し、韓国の都市部では3倍、インドネシアでは2倍となった。

IMFの目的が、「国際金融システムの安定を確保する事」だとすれば、こういう通貨危機を防げなかったこと自体が、IMFの失敗と言えるだろう。しかしスティグリッツは、IMFはこの危機をさらに拡大した、と指摘する。

■3.IMFの口出し■

まずIMFは先進各国からの援助も含めた1千億ドル(12兆円)以上もの救済資金を提供して、危機に瀕した国々の為替相場を維持させようとした。投機資金がその国の通貨を大量に売ってドルに換えようとしても、外貨準備が十分にあれば耐えられるだろうとIMFは考えていた。

しかし、為替相場維持の効果は一時的なものであり、投機資本の集中攻撃にあっけなく相場は下落してしまった。また援助資金は、欧米の銀行の貸付け返済に回されたので、その国への支援というより、欧米銀行への援助となってしまったのである。

さらにIMFは融資に対して、物価上昇率や成長率、失業率など、多い時は100以上もの貸付け条件を設定し、その上これは30日間で、あれは90日以内に、と厳密な達成期限を設定する。その中には金融危機と関係ない項目も含まれている。たとえばインドネシアに対しては、食料とパラフィン油(貧困層が調理に使う燃料)への補助金廃止を要求した。これなどは、経済政策というよりも社会政策であって、金融危機とは何の関係もない。

たとえて言えば、銀行が金回りが苦しくなって個人商店に対して、「こんな経営状態で子供のおやつに金を使うのは問題だ、おやつをやめさせることを条件に融資してやる」というようなものである。とんだ内政干渉だが、融資をしてもらえなければ、店がつぶれるというのでは、無法な条件も呑まざるをえない。

■4.高みの見物■

IMFの融資条件が本当に危機脱出のために有効ならこういう口出しも許されようが、スティグリッツはその内容が誤っており、危機を逆に拡大してしまった、と言う。

IMFは、為替相場を維持するためには、外国資本の流入が必要であり、そのためには金利を引き上げろ、と要求した。それも25%以上にも。これは単純明快な正しい理論である。高金利による当該国の企業倒産を考えに入れなければ。

通貨危機に襲われたアジア諸国では、企業は株式による自己資本よりも、銀行などからの借り入れに頼っていた。したがって金利の上昇は企業経営に甚大な影響を与える。金利が25%にもなったら、投下資本に対してそれ以上の利益を出せない企業はやっていけなくなる。

当時、アメリカでは、連邦準備銀行が0.5%ほど金利を上げようとして、クリントン政権はそれによる景気後退と失業率上昇を恐れていた。もしIMFが米国に25%もの高金利を要求したら、クリントン大統領は、IMFが米国経済の破滅を企んでいる、と非難しただろう。(もっともIMFの主導権を握っているのはアメリカなので、そもそもこんな要求をするはずもないが。)

しかし、融資を受けるためにアジア諸国はある程度、IMFの要求を聞き入れなければならなかった。その結果、インドネシアでは全事業の約75%が経営難におちいり、タイでは銀行融資の50%近くが焦げついた。いくら高金利でも、貸付先がいつ倒産するか分からないような国に海外資本が流入するはずもない。

スティグリッツはIMFに方針を変更するよう訴えた。このまま高金利を続ければ、どんな悲劇が起こるか分からないとも指摘した。返ってきた返答は、「あなたの正しさが証明されたら、そのとき方針を変えましょう」。IMFが高見の見物を決め込んでいる間に、タイやインドネシアや韓国の国民が長年汗水垂らして築き上げた企業や商店が、次々と倒産していった。

■5.ついに暴動発生■

IMFはまた金融機関の体質を問題にして、自己資本比率(使用総資本に対する自己資本の割合)の基準を直ちに満たすか、それが出来ない銀行は閉鎖するよう要求した。自己資本比率を高めるには、新しい資本を株主から集めるか、融資を減らすしかない。経済が下降している中で新しい資本を集めるのは難しいので、新たな融資を断ったり、貸付先企業に返済を迫った。その結果、ますます多くの企業が倒産し、銀行側も不良債権が増えて、体質はますます悪化した。

インドネシアでは16ほどの銀行が閉鎖され、さらに多くの銀行が閉鎖されるかもしれない、という通告が出された。預金者たちは自分の預金を守ろうと、国営銀行に乗り換えたため、残っていた民間銀行もたちまち顧客を失った。

スティグリッツの「どんな悲劇が起こるか分からない」という警告は、98年5月のインドネシアでの暴動となって現実化した。数万人が暴動に加わり、多数の商店、銀行が略奪・放火され、約30カ所で火の手が上がった。

IMFは230億ドルを提供したが、それは為替相場を支えるためと、外国の投機資本を含む債権者を救済するだけであった。インドネシアの貧困層への食糧と燃料の補助金はそれよりもはるかに少額であったが、徹底的にカットされ、その翌日に暴動が起きたのである。暴動は、投資対象としてのインドネシアの信頼性をさらに傷つけ、いっそう外国資本を遠ざけることになった。

■6.IMFの言うことを聞かなかったマレーシア■

IMFの言うがままとなって、壊滅的な打撃を受けたインドネシアとは対照的に、隣国マレーシアのマハティール首相はまったく独自の行動をとった。1ドル=3.8リンギットに固定し、外国資本の引き上げを12ヶ月間、凍結した。IMFのエコノミストは、そんな規制を始めたら外国からの投資は激減し、株価は下落して大変なことになるだろう、マレーシアは根本的な問題に対処するのを先延ばししている、と非難を浴びせかけた。

一方、スティグリッツ率いる世界銀行のチームは、マレーシア政府に協力して、直接的な資本取引規制よりも、国外に流出する資本に税をかける出国税方式への転換を提案した。税金なら段階的に規制を調整できるからである。

この方式は順調に機能して、マレーシアは一年後、約束通り、出国税を撤廃した。規制によって投機資本の攻撃から通貨を守りつつ金利は低く抑えたので、企業の倒産も少なく、IMFの処方箋にしたがったタイやインドネシアなどよりも下降は浅く、回復は早かった。その後、経済の安定性が評価されて、外国からの投資はむしろ増えたのである。

■7.ぶちこわされた日本の救済提案■

97年秋、日本は「アジア通貨基金」の創設に1千億ドルの提供を申し出た。危機に見舞われたアジア諸国が必要としている景気刺激策に資金を提供するためであった。これが実現していれば、アジア諸国はIMFの要求する緊縮策をとらなくとも、必要な資金を得られ、さらにそれを景気刺激策に用いることによって、インドネシアが陥ったような壊滅的な打撃は避けることが出来たであろう。スティグリッツは言う。

日本がIMFの行動に強く不賛成の意を示していたのは広く知られるところだった。私は何度も日本の上級官僚と会談していたが、彼らはそこでIMFの政策にたいする疑念を表明していた。それは、私自身の疑念とほとんど同じだった。[1,p167]

しかしIMFとアメリカ財務省はあらん限りの手を使って、日本の提案を握りつぶした。日本の提案が通れば、それはまさにIMFとアメリカのリーダーシップをゆるがす脅威になるからだった。IMFは各国に市場競争を強く訴えていたが、自分自身が競争にさらされることは好まなかったのである。さらに日本のアジアでのリーダーシップに反対する中国も日本案潰しに加担した。

しかし事態が悪化するに従って、IMFとアメリカ財務省も、東アジアの不況を無視できなくなり、日本は再度300億ドルの提供を申し出て、今度は承認された。だがアメリカはそれでも資金は景気刺激に使われるべきではない、企業と金融の再構築に使われるべきだと主張した。それは、実質的にアメリカを含む外国の債権者を救済しろ、という事だった。スティグリッツは言う。

アジア通貨基金のぶちこわしはいまでもアジアで恨まれており、多くの役人が怒りをこめて私にその話をしたものだ。危機の3年後、東アジア諸国はついに結集してアジア通貨基金にかわるものをつくりはじめた。今度はひそかに、もっと穏健なかたちで制度づくりがなされ、名称もあまり害のないように、創設が決まった場所であるタイ北部の都市の名をとって「チェンマイ・イニシアティブ」と名づけられた。[1,p168]

■8.「民主主義に反する姿勢」■

政府の規制を悪とし、すべて自由な市場に任せるべきだというIMFの「市場原理主義」はアジアだけでなく、アフリカ諸国や南米、旧共産主義諸国においても悲惨な結果をもたらし、特に貧困層の生活を悪化させた。そこでの「決定はイデオロギーと誤った経済学の奇妙な融合にもとづいて下され、ときにドグマが特定の人々の利益を厚くおおい隠しているように見受けられた」とスティグリッツは指摘する。

IMFの幹部の多くは金融界出身であり、またそこに戻っていく。アジア危機の際にIMFで大きな役割を果たしていた副専務理事のスタンリー・フィッシャーは、退任するとすぐにシティ・バンクを傘下にもつ巨大金融会社シティ・グループの副会長に収まった。その取締役会長ロバート・ルービンはクリントン政権の財務長官で、IMFの政策形成に中心的な役割を果たした人物である。スティグリッツ曰く「フィッシャーは言われたことを忠実に実行して、十分にその報酬を得たというわけだろうか。」

IMFは諸国民から集めた資金を使って、危機に陥った国に異論の多い政策を押しつけ、それが悲惨な結果を招いてもその責任を問われない。そこでの議論は密室の中で行われ、その決定が「特定の人々の利益」のために行われているという疑いが持たれている。それに対して貧しい人々は暴動を起こすよりほかに、抗議する術を持たないのである。スティグリッツの言うように、IMFの姿勢は「そもそも民主主義に反する」と言うべきであろう。
(文責:伊勢雅臣)

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog280.html
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