2005年03月05日

アイン・ランド



アイン・ランド











     Ayn Rand


水源―The Fountainhead
アイン・ランド (著), 藤森 かよこ (翻訳)

水源出版社/著者からの内容紹介
グリーンスパンFRB議長が、若き日に心酔し、信奉した偉大な女性思想家であるアイン・ランド。ランドが創設したアメリカ保守思想の一つの大きな流れ「リバータリアニズム」の考え方を具体的に描き出した小説が本書『水源』である。1943年の発表以来、現在もアメリカで読み継がれ累計500万部を超す大ロングセラーの本邦初訳。
1922年の初夏、主人公ハワード・ロークは建築工事労働者をしながら建築家めざして苦学しながら通っていたマサチュセーッツ州にあるスタントン工科大学を退学になる。学業は優秀だし才能もあるが、大学で教えられる建築学に異をとなえたことから教授達の怒りを買った。ローマ時代やルネサンス時代などの古典建築を現代風にするだけの建築学に彼は満足できない。その建築物の機能を最大限に活かすデザインと建築法と素材を妥協なく彼は求める。かれのデザインと見解は、教授達にはそれまでの建築の美意識を否定する傲慢さに見える。彼は私淑していた高層建築家であり、今は落ちぶれているヘンリー・キャメロンのニューヨークにある建築事務所に就職する。ロークにとってキャメロンは真に才能あるプロなのだが、時代はキャメロンについていけない。同様に、キャメロンを理解できるロークの仕事も、また理解されない。小説は、彼が一流の建築家として名実ともに認められる約18年間の苦闘を時間軸に沿って、舞台を主にニューヨークにおき、描いている。この小説は単なる成功物語ではない。ロークの建築観は彼の世界観、人間観、人生観と結びついていて、それらは彼の生きる時代ばかりでなく伝統的それらと真っ向から対立する。この小説は、ロ−クの思想闘争でもある。小説は、彼と3人の男と1人の女との関わりを通して描かれていく。

内容(「MARC」データベースより)
建築家のサクセス・ストーリーでもあり恋人達の物語でもあり、ホモソーシャルな男同士の絆と愛憎を描く一種のゲイ・ストーリーでもある。しかし何よりもこの小説は政治思想小説である-。米国の大ロングセラー小説日本初訳。


著者について
アイン・ランド Ayn Rand (1905〜1982)
アメリカの国民作家、政治思想家。ハイエクやフリードマンと並んで、自由放任資本主義を支持する超個人主義的自由主義(リバータリアニズム)の提唱者のひとりとして知られる。本名はアリッサ・ロウゼンバウム。ユダヤ系ロシア人としてサンクト・ペテルスブルグに生まれるが、1926年にアメリカに単身亡命し、生活苦と闘いながらハリウッドでシナリオ作家をめざす。43年に本書『水源』を発表し注目を浴びる。57年に出版された『肩をすくめたアトラス』によって文名を確立。以来、これらの二大長編小説は、アメリカの知的な若者にとって必読書となる。「ランディアン」と呼ばれる彼女の信奉者の中には、若き日のアラン・グリーンスパン(現FRB議長)もいた。

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肩をすくめるアトラス
アイン ランド (著), 脇坂 あゆみ (著), Ayn Rand (原著)

肩をすくめるアトラス著者からのコメント
アメリカではいまも年間15万部は売れているというロングセラー。一般読者が選んだ20世紀の小説ベスト100第1位(1998年、ランダムハウス・モダンライブラリ発表)。聖書についでアメリカ人が「人生でもっとも影響をうけた本」(1991年、米国国会図書館、ブック・オヴ・ザ・マンス・クラブ共同調査)。

カバーの折り返し
この作品こそアメリカとは何かを示唆する新古典であり、自由と規範という現代世界が抱える先鋭的ジレンマに打ち込む熱い斧でもある。私は沈黙し、深く考えさせられ、大きく息をついた。(寺島実郎 財団法人日本総合研究所理事長/三井物産戦略研究所所長)

著者について
アメリカの小説家、思想家。サンクトペテルブルクに生まれ、ロシア革命を経験するが、1926年に渡米。43年に個人主義をテーマにした小説『水源』を発表し注目を浴びる。57年に出版された本書『肩をすくめるアトラス』によって文名を確立。市場重視型の極端な資本主義論を展開し、70年代以降の政財界人にも影響を与えた。さらに、すべては合理的に実証できるとするオヴジェクティヴィズムを提唱し、若い読者を中心に支持を集めた。

抜粋
「マダム、道徳律の作用を信じていらっしゃらないのですか?」フランシスコは重々しくきいた。「私は信じております」
バートラム・スカダーがグループの外で、憤慨した音をたてた娘にいうのがリアーデンの耳に入った。「あの男のいうことにまどわされちゃいけないよ。あのね、金(かね)は諸悪の根源なんだ――そしてやつは典型的な金の産物なんだ」
フランシスコにそれがきこえたとはリアーデンは思わなかったが、フランシスコは丁重な微笑をうかべてかれらの方を向いた。
「ではあなたがたは、金(かね)は諸悪の根源だとお考えなのですね?」フランシスコ・ダンコニアが言った。「お金の根底にあるのが何かをお考えになったことがありますか? お金は生産された商品とそれを生産する人間なくしては存在しえない交換の手段です。お金は、取引を望む人間は、交換によって取引し、価値のあるものを受けとるには価値のあるものを与えなければならないという原則の具体的な形です。お金は涙ながらにものをねだるたかり屋や、力ずくでものを奪う横領者の道具ではありません。お金は生産する人間がいてはじめて機能するのです。これが、あなたがたが諸悪の根源と考えるもののことでしょうか?
仕事の代償として金銭を受け取るとき、人はその金を他人の労力の産物と交換できるという確信があってはじめてそうするのです。お金に価値をもたせるのはたかり屋でも横領者でもない。涙で海を満たしても、世界の銃をかき集めても、財布の中の紙切れを、明日をしのぐパンに変えることはできません。その紙切れは、本来金(きん)であるべきだが、ある名誉の象徴――生産する人間の活力を求める権利なのです。あなたの財布は、世界のどこかに、お金の根源である道徳律を犯さない人間がいるという希望の表明だ。これが、あなたがたが諸悪の根源と考えるもののことでしょうか?
生産の根源を追求したことがありますか? 発電機をみて、野蛮人が力まかせに作ったものだといってごらんなさい。小麦の栽培を最初に考えだした人が残した知識なしに種の一粒でも育ててみることです。体を動かすだけで食糧を手に入れてみることです。そうすればあなたがたには、人の知恵があらゆる生産物と、この世界に存在したあらゆる富の根源だとわかることでしょう。
だが金(かね)は弱者の犠牲の上に強者が作るものだと言われるのでしょうか? 何の強さですか? 銃や筋肉の強さじゃない。富は人の考える能力の産物です。では金はモーターを発明した男が発明しなかった人びとを犠牲にして作るのでしょうか? 聡明な人間が愚か者を犠牲にして金を作るのでしょうか? 能力のある人間が無能な人びとを犠牲にして? 野心家が怠け者を犠牲にして? 金(かね)は作られるのです。すべての正直な人間それぞれの能力に応じた努力によって、横領されたりたかられたりする以前に作られるのです。正直者というのは、みずから生産しただけしか消費できないと知っている人間のことです。
お金を手段として交換することは善意の人間の規範です。人はそれぞれがおのれの精神と努力の成果の持ち主であるという原理によって、お金は支えられています。自分の努力の成果に換えて取引をしようという相手の自発的選択によらなければ、お金には、あなたの努力の成果の価値をさだめる力はありません。お金の存在によって、あなたは自分の商品や労働と引き換えに、それを買う人間にとって価値のある分のものを入手できるが、それ以上のものを手にすることはできないのです。お金は、商人同士が互いの利益になると自主的に判断したときにだけ取引を成立させます。お金の存在によってあなたは、人は自分を傷つけるためでなく豊かになるために、損失ではなく利益のために働くと認識せざるをえなくなります。それは、人は不幸の重荷を担ぐために生まれた動物ではなく、相手には傷ではなく価値を差しださねばならず、人間の絆は苦悩の交換ではなく良いもの(グッズ)の交換だという認識です。お金があなたに要求するのは、人の愚かさにつけこんでおのれの弱みを売ることではなく、理性に訴えて才能を売ること、人から差し出された粗悪品ではなく、お金の〓許すかぎり最上のものを購(あがな)うことです。そして人が武力ではなく理性を究極の仲裁者とする取引によって生きるときに勝つのは、最高の商品、卓越した演技、もっとも優れた判断力と能力をもつ人間であり――人は生産に応じた報酬をうけとるようになります。これがお金を道具と象徴とする存在の規範です。これをあなたがたは邪悪だと考えるのですか?
だがお金は道具にすぎません。行きたいところへ連れて行ってはくれても、代わりに道筋を示してくれることはないからです。欲望を満たすための手段はくれても、欲望そのものをくれることはない。お金は、因果律をひっくり返そうとする人間――精神の産物を奪うことで精神を埋めあわせようとする人間を懲らしめる罰なのです。
自分の求めているものがわからない人間に、お金が幸福を買い与えることはありません。何に価値をみいだすべきかを知ろうとしない者に価値基準を与えはしないし、何を求めるべきかを選択しようとしない者に目的を与えることもない。愚か者に知恵を、臆病者に賞賛を、無能な者に尊敬を買い与えはしないのです。自分の判断に代えて、より優れた者の頭脳を金で買おうとする人間は、より劣った者の餌食(えじき)になるのがおちだ。聡明な人間は彼を見捨てるが、彼が発見していない掟(おきて)によって、いかさま師や詐欺師が集まってくるからです。誰も自分の財産より小さいものではいられないという掟によって。これが、あなたがたが金は邪悪だとおっしゃる理由なのでしょうか?
財産を必要としない者――いかなる状態から始めようが自力で財産を築く人間だけが、その相続にふさわしい。相続人が財産に匹敵するならお金は役に立つが、匹敵しなければ金は彼を破壊します。だがあなたがたはそれを見て、金が彼を堕落させたという。そうでしょうか? それとも彼がお金を堕落させたのでしょうか? 無能な相続人を妬(ねた)まないことです。彼の財産はそもそもあなたのものじゃないし、あなたが相続したところでもっとうまくやれるわけじゃない。その富があなたがたに分配されるべきだとも思わないことです。一人のかわりに五十人の寄生虫を世界が背負うことになっても、真の財産であった失われた美徳を取り戻せはしない。お金は根源を失えば死んでしまう生きた力だ。つりあわない精神に奉仕することはありません。これが、あなたがたがお金を邪悪だとおっしゃる理由なのでしょうか?
お金は生きる手段です。その命の泉にあなたが下す判決は、人生に下す判決なのです。泉を腐敗させれば、あなた自身の存在をののしることになる。あなたは詐欺で金を手に入れたのですか? 人の悪癖や愚鈍さにつけこんで? おのれの能力が値する以上のものを欲しがり愚か者の求めに応じて? おのれの基準を下げて? 馬鹿にしている客のためにさげすんでいる仕事をして? だとすればあなたのお金は、一瞬の、一セント分の喜びもくれはしないでしょう。そしてあなたが購うものはすべて、あなたへの賞賛ではなく非難になり、業績ではなく恥を呼び覚ますのです。やがてあなたは、金は邪悪だと声高にいうようになる。それが自尊心の代わりを務めてくれないから邪悪だと言うのですか? 堕落を楽しませてくれないから邪悪なのですか? これが、あなたがたがお金を憎悪する原因なのですか?
お金は常に結果であり、あなたに代わって原因になることはありません。お金は美徳の産物ですが、美徳をくれはしないし、悪徳を贖(あがな)ってもくれません。物質的にも精神的にも、稼いでいないものを与えない。これが、あなたがたがお金を憎悪なさる原因なのですか?
それとも諸悪の根源はお金への執心だと言われるのでしょうか? ものに執心することはその性質を知って愛するということだ。お金に執心することは、お金が自分の中の最高の力を使って創りだしたものであり、あなたの努力の成果を人間の最高の成果と交換するための合鍵でもあるという事実を知って愛するということなのです。五セント玉におのれの魂を売り渡す人物が、お金への憎しみを誰よりも声高に宣言する。その人には憎むに十分な理由があるのですから。お金に執心する人びとはそのために喜んで働きます。かれらは自分がお金にふさわしい人間でいられると知っています。
人格を見極める手がかりとなる秘訣をお教えしましょう。お金を呪う者はそれを卑劣なやりかたで手に入れ、お金を敬う人間はそれを稼いだのです。
金(かね)が邪悪だと言う人間からは一目散に逃げなさい。その文句はたかり屋の接近を告げる警鐘なのです。この世界で人が共存しながら互いに取引する手段を必要とする限り――お金を放棄してしまえば、唯一それに代わるものは銃口だけだ。
だがお金を稼ぎ、それを守りたいとおもう諸君には最高の美徳が要求されます。勇気も誇りも自信もない人間、自分のお金への権利について道徳観念がなく、命を守るようにそれを守る覚悟のない人間、裕福であることに恐縮する人間は、いつまでも豊かでいつづけることはできません。何世紀も岩陰に潜み、富める罪の許しを請う者をかぎつけた途端に這いでてきて群がるたかり屋の天然餌になるからです。たかり屋たちはまたたく間に罪の重荷から彼を解放するでしょう――そしていみじくも、命の重荷から。
やがて二重基準の人間――武力によって生きながらも、かれらが横領する金の価値を創出する商人に依存する者たち――美徳の便乗者(ヒッチハイカー)がのさばる日がくるでしょう。道義ある社会ならば、かれらは罪人であり、法規が諸君をかれらから守ってくれる。だが、社会が、権利による犯罪者と法律によるたかり屋――非武装の犠牲者の富を奪うために武力を用いる者たちの地位を確立させるとき、お金は創造者の仇となる。かようなたかり屋は、いったん人民の武装を解除する法律さえ通せば、無防備な民から強奪しても安全だと信じています。だが横領は横領を呼び、強奪されたものは別のたかり屋に同じやり方で奪われる。かくして競争は、最たる生産能力をもつ人びとではなく、もっとも容赦ない冷酷さをもつ者に有利になります。武力が基準であるとき、殺人鬼はすりに勝(まさ)るからです。そして廃墟と殺戮が広がって社会は消滅するのです。
その日が近いのか知りたいとおっしゃいますか? お金に注目なさい。お金は社会の美徳指標です。合意によらず規制によって貿易が行われるとき――生産するために、何ひとつ生産しない人びとからの認可が必要なとき――商品ではなく恩を受け売りする人びとにお金が流れるとき――仕事ではなく賄賂とコネによって金持ちになる人びとが増え、法律が諸君をかれらから守らずに、かれらを諸君から守るとき――腐敗が報われ正直が自己犠牲になるとき――あなたがたの社会は滅亡の危機に瀕している。お金は高潔な媒体ですから、銃と競うことも蛮行と折りあいをつけることもしません。中途半端に財産が守られながらも略奪が横行しているといった国の存続を許さないのです。
破壊者が現れるとき、かれらは真っ先にお金を破壊します。というのもお金は人間の護身手段であり、道徳的生存の基盤だからです。破壊者は金(きん)を押収し、その所有者にまがいものたる紙幣の山を残します。これがあらゆる客観的基準をそこない、任意に価値基準を定める独断的な権力に人びとを引き渡すのです。金(きん)には客観的な、生産された富と同等の価値がありました。紙幣は、富を生み出すことを求められた人間に向けた銃によって裏書きされた、存在しない富の抵当証書です。紙幣は法律にのっとって横領をおこなうたかり屋が、自分のものではない口座から、犠牲者の美徳につけこんで振り出した小切手なのです。それが不払いになって戻ってくる日に用心なさい。『残高不足』としるされて。
悪事を生存の手段にしておきながら、人の善良さは変わらないとは思わないことです。かれらが道徳心を失わず、不道徳な者の飼葉(かいば)になるために命を落とすと思ってはいけません。生産が罰され、横領が報われるときに、人がものを生産すると期待しないことです。『誰が世界を滅ぼしているのか?』などときかないことです。滅ぼしているのはあなただ。
あなたがたは活力の源であるお金を呪いながら、もっとも生産的な文明の最高の業績の中心にいるのになぜ周りが崩れていくのかと思っている。以前の野蛮人のようにお金を眺めながら、なぜ自分の住む都市の間際までジャングルがゆっくり戻ってきているのだろうと思っている。人間の歴史を通じて、お金は常に何らかの名を冠したたかり屋によって押さえられてきました。呼び名こそ変わったものの、やりかたは同じです。武力によって財産を押収し、生産者を縛り、品位と名を貶め、尊厳を奪う。かような正義感にあふれる無謀さをもってあなたがたが口にしているお金の邪悪さについてのその文句は、誰かが考案した動作を何世紀も改善しないまま反復した奴隷たちの労働によって富が生み出されていた時代のものです。生産が武力に支配され、富が征服によって獲得されていたあいだは、征服すべきものはほとんどありませんでした。にもかかわらず、停滞と窮乏の何世紀にもわたり、人はたかり屋を剣の貴族として、家柄の貴族として、役所の貴族としてあがめたてまつり、生産者を奴隷として、商人として、店主として――実業家として見くだしてきたのです。
人類にとって幸いなことに、史上で唯一初めて、お金の国が出現した――このことによって道理、正義、自由、生産、業績の国たるアメリカにこれ以上高く敬虔な賛辞を僕は捧げられない。はじめて人間の精神とお金は解放され、征服による財産がなくなって仕事による財産だけになり、剣客と奴隷の代わりに正真正銘の富の製造者であり、最高の労働者であり、もっとも高邁な種類の人間――独立独行の男(セルフメイド・マン)――アメリカの実業家が出現したのです。
アメリカ人が何にもまして誇るべき特長をあげるとすれば、僕は――なぜといえばそれはほかのすべてを含むものだから――かれらが『お金を作る』という文句を創った民族だったという事実を選ぶことでしょう。それ以前に、この言葉をかくのごとく使った言語や国家はありませんでした。人は常に富を定量的に考えてきた――押収し、請い、相続し、分配し、たかり、厚意として手に入れるものとして。アメリカ人は、富が創出されなければならないということを最初に理解したのです。『お金を作る』という言葉は人間道徳の本質をとらえています。
だがこれは、腐敗したたかり屋の大陸の文化人がアメリカ人をけなすのに使われてきた言葉でした。いまやそのたかり屋の信条によって、あなたがたはみずから誇るべき業績を恥の印として、繁栄を罪として、偉大なる実業家を悪党として、立派な工場をエジプトのピラミッドのように鞭で追われた奴隷の肉体労働の産物としてみなすようになってしまったのです。ドルの力と鞭の力の間には何の違いもないとにたつく与太者は、自分の皮膚でその違いを学ぶべきだ――けだし、そうなることでしょうが。
お金があらゆるよきものの根源だと悟らない限り、あなたがたはみずから滅亡を招いているのです。金銭が相互取引の道具でなくなるとき、人間は人間の道具になる。血、鞭、銃をとるか――ドルをとるか。選択なさい。それ以外にはない。残された時間はあとわずかです」

「朝日新聞」,12/12/2004
読んでおいて損はない。

「文芸春秋」, 2005年1月号
この本を好きだという人たちの気分がわからないと、アメリカ人は理解できないんじゃないか。

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グリーンスパン、LTCM崩壊と共に失墜(からの抜粋)

 アラン・グリーンスパンは、1926年、ニューヨークで生まれた。
 1940年代の後半と1950年代前半の間は、ファシストのロシア人国外居住者アイン・ランドのカルトの待者をしていた。
 ランドは、「国家の介入は、特に取り締まりは、いかなる形であっても個人を抑圧する」という主張をしていた。
 彼女は自分の哲学を“客観主義”と呼び、自分の周りに“集合体”と呼ぶ弟子の側近者集団を集めていた。
 グリーンスパンはその中の一人で、ランドに“請負人”と呼ばれていた。グリーンスパンは、刊行直前のランドの著作の草稿に意見を述べ、カルトの新聞に執筆し、10年間、客観主義者の団体で教えた。
 ランドは、「個人は、自由にニヒリスティックな非合理主義者的激怒をすべきである。自由貿易と高利貸しも同様である」と教えていた。 ランドの著作『水源(The fountainhead)』の中で、主唱者ハワード・ロークは、有名な法廷の場面で、次のように述べている。
「この国は、無私の奉仕の上に成り立っているのではない。……幸福を追求する人間の権利の上に成り立っているのである。自分自身の幸福である。他の人のではない。」

 グリーンスパンは、ランドの伝記の作者バーバラ・ブランデンにこう言った。
「ホッブズの説に基づくランドのシステムは、政治的自由と矛盾しない唯一のシステムである。……社会についての新しい全体的な展望が、私に開かれた。」

 1974年、リチャード・ニクソン大統領の経済諮問委員会の委員長として宣誓就任した時、ランドは最前列に座っていた。グリーンスパンは、この日までランドの哲学を信仰していたのである。

 1954年から1987年までの間のかなりの期間、グリーンスパンは、ニューヨークの財界のためのコンサルティング会社タウンゼンド・グリーンスパンの共同経営者、のちにトップとなった。
 1977年から1987年までは、モルガン保証信託と、その親会社JPモルガンの両方の役員会のメンバーだった。モルガンは、銀行業界におけるイギリス諜報機関の事業のトップである。

 1987年8月、グリーンスパンは連邦準備制度理事会の議長に任命された。

http://www.idaten.to/meikyu/a031.html



2000年05月08日(月曜日)

 ニューヨークの南波君から送ってもらった雑誌ニューヨーカーのグリーンスパンに関する記事は、非常に面白い。副題は「そのキャリアの中で、最大の試練に直面するグリーンスパン」というもので、全部で12ページにも及ぶ長いもの。

 「グリーンスパンの魔術」を翻訳していて非常に興味を持ったのは、グリーンスパンとアイン・ランド(Ayn Rand)という女性との関係です。この女性はアメリカでは誰も知らない人がいないくらい有名らしい。しかし、日本ではほとんど知られていない。本も一杯書いているのに、日本では翻訳されてもいない。ネットを調べると、サイトがいっぱいある。

 この女性はもともとロシアから来て、アメリカでは劇作家として有名になった後、思想家としても一家をなした人で、「資本主義が他の全ての社会経済システムに比べて優れている」という徹底した資本主義擁護論者だったようだ。グリーンスパンもこの女性の基本的哲学に強く影響されたと言われる。

 どうもこの記事を読むと、グリーンスパンがアイン・ランドを知るきっかけを作ったのは最初の妻のジョアン・ミッチェル・ブルメンソールだったらしい。この記事は彼女にもインタビューしているが、彼女はもともとUCLAの出身で彼女のカリフォルニアの友人に Barbara and Nathaniel Branden という夫妻がいて、この夫妻がアイン・ランドと知り合いだった。

 この夫婦もそしてアイン・ランドも相前後してニューヨークに引っ越してきたが、その際に「アイン・ランドは毎週土曜日に自分のアパートメントで面白い集まりをしている。あなたも行ったら」とグリーンスパンに進めたのは、ジョアン・ミッチェルだというのである。ジョアンの夫婦の関係だった間は行かなくて、分かれてからグリーンスパンは足繁く通ったという。アイン・ランドが毎週土曜日に開催していた集まりの件に関しては、翻訳の中にも出てきていた。
 ――――――――――
 日本の雑誌では、文芸春秋がグリーンスパンに関する記事の中でこのアイン・ランドを取り上げていて、その取り上げ方が正しいかどうかは別にして、私も気になっていたのでこの記事はちょうどいい。最後はアイン・ランドなる女性の基本的な考え方を知らねばならないのですが、それには「Atlas Shrugged」という本を読まないといけない。ちょっと先ですかね。

 この記事にはまた面白いことが書いてある。

Rand and Greenspan became close, though, contrary to speculation,they never had a sexual relationship.(Rand did have young lovers,Nathaniel Branden among them)
 となかなか生々しい。生々しいと言えば、これもジョアンの記憶に基づいているのでしょうが、グリーンスパンはジョアンを最初にデートに誘うときに、三つの選択肢を彼女に与えたという。
a sporting event(何かスポーツの鑑賞)
a broadway show(ブロードウェーでショーの鑑賞)
a concert at Carnegie(カーネギーホールで音楽の鑑賞)
 ははは、当時のニューヨークの若者が女性を誘うときに何を念頭に置いていたかが分かる。ジョアンが選んだのは、三番目。バッハだったらしい。二人は10ヶ月フォレスト・ヒルズ(ニューヨークの郊外クイーンズのまあ高級住宅街、テニス場がある)で暮らして別れている。その理由がふるっている。
I can only tell you that it had nothing to do with respect for each other,or even fondness for each other, but a real difference over what we wanted out of life.I found life a little dull.I wanted to have fun; he wanted to play golf. I didn't want to live in Forest Hills. It was like that.
 なかなかおもろいでしょ。ジョアンのインタビューに対する答え。ようするに、合わなかったのです。ということは、グリーンスパンは昔ゴルフ好きだったということか。今はテニスが好きと聞いていますが。まだこの長い記事の半分しか読んでない。専門としては、後半の「最大の試練」の方も面白いのですが、こういう記事を読むとグリーンスパンにも赤い血が流れているのが分かる。(^O^)

http://www.ycaster.com/diary/2000may.html



[1173] グリーンスパンFRB議長とアインランド女史 投稿者:Rss-K 投稿日:2002/02/05(Tue) 15:20:03

気になった記述があったので、転載させて頂きます。

(転載開始)
『金、復活!−21世紀の米世界戦略とは』 高橋靖夫 廣済堂出版 2001 P238〜P241
かつて、グリーンスパンFRB議長は、1960年代に「金と経済の関係」にかんして論文を書いている。

−金本位制にたいする最も本質的な反対は、「金本位制は恒常的な財政赤字と両立しない」という簡単な事実に基づくものである。これらの意見はもっぱら福祉国家建設の提唱者(社会主義者)からなされるものである。高邁な理論はともかく、福祉国家とは、生産性の高い人達からお金を巻き上げるシステムに他ならない。社会福祉の財源は当然税金であるが、社会主義者は彼らの政治的影響力を維持するために、増税を避けたがる傾向にある。そのため、財源不足分は国債を発行して調達せざるをえなくなるのである。
 金本位制のもとでは、経済活動が必要とする信用の総量は、その経済が持つ実物資産の量によって規定されるが、国債にはこうした裏づけはない。国債の裏づけとは、政府が将来の税収によって国債を償還するという、ただの約束にすぎないのである−

このように述べた後で、つぎのようにいっている。

−金本位制を捨てたことによって、社会主義者達は際限なく国債を発行する手段をえたのである。この結果、かつては金であった銀行の準備は、今や国債になってしまったのである。預金や国債の保有者は、その請求権が何か実体のあるものによって担保されていると信じているが、そんなものは何もないのである−

この論文の社会主義者を民主党議員とおきかえ、こんどの大統領選挙でのゴアの「大きな政府」の選挙公約を対比させると、じつに興味深いではないか。グリーンスパン議長はつぎの言葉でしめくくっている。

−金本位制が廃止された結果、我々は我々の富を守る手段を失ってしまったのである。今や価値の貯蔵手段はない。福祉国家を支える財政学には、富の保有者を守る手段はないのである。財政赤字は我々の富を掠め取る仕組み以外の何物でもない。金本位制こそが我々の富を守るのである−

この論文には深い味わいがある。グリーンスパン氏は若いころアインランド女史のサロンに出入りしていた。ランド女史はロシアからアメリカに移住した思想家、作家である。1992年の大統領選挙で独立系のロス・ペローは大躍進し、1994年の中間選挙でギングリッチ下院議長が「アメリカとの契約」を標語に73人の新人を当選させたが、このような新しい波を巻き起こしたのは、リバタリアンといわれる人たちである。3000万人ともいわれ、多くは共和党に属しその中核をなしているともいわれている。このリバタリアンの思想的背景にはランド女史の『ファウンテンヘッド」など一連の著作があり、保守系のシンクタンク・ケイトー研究所はこの流れをくむものである。リバタリアンの信条は、「反税金」「反福祉」「反政府」であり、自己責任と自助努力を人生のモットーとしている。この思想の原点はランド女史の著作と彼女が主宰したマンハッタンのサロンであり、若き日のグリーンスパン氏はサロンの常連であった。最初の夫人はサロンの仲間で、離婚した後も、思想的には良き理解者・友人の関係を続けているといわれている。FRB議長となり名声を得たグリーンスパン氏は数年前に50代の美人ニュース・キャスター、ミッチェルさんと再婚している。

さきのグリーンスパン論文は、ランド女史から影響を強く受けたものといえるであろう。また、ランド女史の思想に共鳴するリバタリアンが、レーガン革命といわれる「小さな政府」の強力な支持者であり、1980年代以降の「アメリカの保守化」の推進母体となっていたのである。

(転載終了)

http://snsi-j.jp/boards/undefine/15.html



「アイン・ランド著『肩をすくめるアトラス』は、フィリップ・ロスチャイルドの情婦の一人、アイン・ランドに命じて書かせた、イルミナティ世界征服のためのコードブック(暗号書)である」との説。


更新 平成17年02月27日08時36分
【無断転載厳禁】

太田龍の時事寸評
平成十七年(二〇〇五年)二月二十六日(土)
(第一千二百三十二回)

○アイン・ランドについては、
 筆者は、平成七年前後から、何十回となく、論評した。

○最近、ランドの主著二冊(『水源』、『肩をすくめるアトラス』)の邦訳本
 が出版されたので、改めてこの件を論じる必要があるだろう。

○「Witchcraft and the Illuminati」(魔術とイルミナティ、一九八一年)

○この小冊子(七十九頁)では、
 アイン・ランド問題について次のように述べられて居る。

(1)アイン・ランドは、フィリップ・ロスチャイルドのミストレス(mistress)
    の一人であった。
    ここで「ミストレス」は、女主人、主婦、女支配者、女王、情婦、めかけ、
    などの訳語のうち、「情婦」に近いであろう。

 (2)一九五〇年代の半ば、フィリップ・ロスチャイルドは、アイン・ランド
    に対してイルミナティの世界支配のための日程を、小説と言うかたちで
    書くよう指令した。

 (3)このようにしてアイン・ランドの主著
    「肩をすくめるアトラス(Atlas Shrugged)」が出来上がった。
    (一九五七年)

 (4)イルミナティとしては、それをベストセラーにする意図はなかったが、
    結果的にはそう成った。

 (5)「肩をすくめるアトラス」は、イルミナティの世界征服のための魔術
    用語で書かれたコードブックと成った。

○ここで「コードブック」とは、「暗号書」のこと。

○従って、米国内では、この本は主として、イルミナティ系列のひとびとによっ
 て、読まれるわけであろう。

○しかし、そもそも、イルミナティ系列のひとびとは、いかなるものなのか。

○イルミナティの内部から脱出したスヴァリ(ペンネーム)と言う女性によれば、
 米国人口の五パーセントは、イルミナティの系列下にあると言う。

○そしてその五パーセントは、次の三種の階層に分けられる。
 即ち、

 (1)イルミナティの組織内の者たち。
 (2)イルミナティの同調者。
 (3)イルミナティの被害者にして、何らかの程度でイルミナティの命令に
    従う者。

○米国の五パーセントとは、約一千万人か

○この一千万人という数字は、「肩をすくめるアトラス(一千百頁)」の
 合計販売部数(一九五七年〜二〇〇四年)、一千万部と、ほぼ見合う。
 ことに成る。

○前出、スヴァリは、
 イルミナティは、「教育と訓練」に熱中して居る、と言う。

○このことは、とても重要だ。

○「娯楽読みもの」とはまるで無縁なこの「肩をすくめるアトラス」一千百頁
 を読み通すことは、並大ていのことでは出来ない。

○しかし、イルミナティは、彼らの系列下に組み込まれたひとびと、組み込ま
 れようとして居るひとびとに対して、この大著を読むことを要求する。

○この本を読むことは、ハル・リンゼイや、その同類のハルマゲドン主義者の
 本を読むこととは全く異質である。

○まず、我々はこの関係をしっかり識別することを知らなければならない。

 (了)



イルミナティの対米国、両立て文化戦略としての、
アイン・ランド(アトラス)と、ハルマゲドン主義と。


更新 平成17年02月27日22時16分
【無断転載厳禁】

太田龍の時事寸評
平成十七年(二〇〇五年)二月二十七日(日)
(第一千二百三十三回)

○フィリップ・ロスチャイルドの命令によって、イルミナティのこれからの行動
 計画を示すコードブックとしてのアイン・ランドの「肩をすくめるアトラス」
 は、ハルマゲドン主義者=キリスト教原理主義派=天啓史観派=ダービー派の
 説と、その核心に於て、奇妙な類似点が存在する。

○「アトラス」に於ては、

  ロスチャイルドら、イルミナティ世界権力のエリートが、計画的に世界経済
  を崩壊させる。
  そしてその破滅の時期に、彼らのエリートは、安全地帯に避難して居る。
  そして世界が破滅したそのあとに、彼らエリートは、世界を再建すべく帰還
  するのである。

○ダービー派=ハルマゲドン主義者の説では、

  イエス・キリストが再臨する前にハルマゲドンによって全世界は壊滅する。
  そしてその直前に、
  キリストを信じる者たちは、空中に移送されて(ラプチャー)、安全地帯か
  ら地球の破滅を眺めて居る。そしてそれから、イエスキリストと共に、新し
  い時代(ニューエイジ)に入って行く。

○このシナリオは、一見良く似て居る。

○しかし、その本体、主体、その役割は全く異なる。

○「アトラス」のシナリオに於ては、
 イルミナティ陣営は、大破局のあと本当に生きのびて、世界支配を完成させる
 つもりである。

○そのために彼らは、すべてを準備して居る。

○「アトラス」は、その読者に対して、その秘密を教える。

○これに反し、ハルマゲドン主義者は、
 幻想の救済を、何千万人の大衆に対して与える。

○つまり、ペテンである。

○「アトラス」は、大衆をペテンにかけるのではなくて、エリートとエリート
 たらんとする人々に対して、いかに大衆をペテンにかけるか、いかに大衆を
 コントロールし、心理操作するか、そのことを、読者に対して語る。

○つまり、
 完成さるべき世界人間牧場の中に、家畜人化された大衆を狩り立て、そして、
 その上に自分たちエリートが君臨すべきか、それを教えるわけである。

○このように見て来ると、我々は米国文化の二種としての、

 (1)イルミナティ=アイン・ランドの「アトラス」と、
 (2)ハルマゲドン主義的文化と、

○この二つの陣営の役割を見抜くことが出来るであろう。

 (了)

【注】

○グレース・ハルセル著、越智道雄訳
 「核戦争を待望する人びと」(朝日新聞社、一九八九年)

○この本を良く読むと、
 現在のシオニスト、イスラエルが、二百年以上前から主として英国の国家
 (外務省)の長期に亘る執拗な工作の結果として出現したことが理解出来る。

○そして、ダービーに由来するハルマゲドン主義もまた、右に同じ。



アイン・ランド著「肩をすくめるアトラス」(ビジネス社刊)の検証を開始する。
【1】


更新 平成17年03月03日23時03分
【無断転載厳禁】

太田龍の時事寸評
平成十七年(二〇〇五年)三月三日(木)
(第一千二百三十七回)

○アイン・ランドの主著「肩をすくめるアトラス」日本語版
 (訳者、脇坂あゆみ。ビジネス社)

○この日本語訳本についての批判と検証に取りかかる。

○まず第一。
 冒頭に、「登場人物」が二十三人、挙げてある。

○これがそもそも、まるでダメ。

○ここにはなんと、本作品の主人公たる、
 ジョン・ゴールト(John Galt)の名前がない。

○Galt は、ここでは、
 ゴールト、と記されて居るが、これで良いのかどうか分らない。
 一応、ゴールト、に従って置く。

○更に、英文原著(一〇七九頁)では巻頭に

  WHAT MOVES THE WORLD?
  (世界を動かして居るのは何者か?)

○と言う、短い文章あり。

○そしてその巻頭に、

  Who is John Galt?
  Is he a destroyer or a liberator?

  (ジョン・ゴールトとは何者か?
   彼は破壊者なのか、それとも解放者なのか?)
 
○と記されて居る。

○この主要人物が、巻頭の「日本語版登場人物」から削除されて居るのは、
 どういう理由か?

○筆者の所持する英語原著は、
 「第三十五周年記念版への序文」(八頁)が記されてある。

○一九九一年、レオナード・ペイコフの署名あり。

○これは、日本語訳本では削除されて居る。

○これは何故だ。

○ペイコフは、この序文の中で、本書の主要な登場人物を十人ほど挙げて、
 その性格を描写する。

○もちろん、ジョン・ゴールトも含まれる。

○「Withchcraft and the Illuminati」(一九八一年)、十六頁には、
 本書「肩をすくめるアトラス」の登場人物の暗号を解説してある。
 即ち、

 (1)ジョン・ゴールト     フィリップ・ロスチャイルド

 (2)ダグニー・タッガート   アイン・ランド

 (3)ダグニーのブラザー    鉄道体系

 (4)ジョン・ワイアット    デーヴィッド・ロックフェラー
    John Wyatt

 (5)ハンク・リアーデン    米国USスチール
                 ベスレヘムスチール
                 その他

 (6)フランシスコ・ダントニオ 製銅銅鉱山業界

 (7)ゴールド・ダントニオ・  ロスチャイルド法廷
    アンド・パイレート   

○これを、日本語訳本の登場人物と比較して見ることは必要であろう。

○すると、そこには、ジョン・ゴールト(フィリップ・ロスチャイルド)
 が出て来ないのみでない。

○ジョン・ワイアット(デーヴィット・ロックフェラー)も削除されて
 居るのである。

○なんだろう、この間抜けぶりは?

 (つづく)

http://www.pavc.ne.jp/~ryu/cgi-bin/jiji.cgi



作家アインランド、米国のユニラテラリズムのもう一つの『水源』
http://takaya.blogtribe.org/

アメリカでは知らない人はいないアイン・ランド
http://www.asyura2.com/0406/bd37/msg/407.html

アイン・ランドの小説(肩をすくめたアトラス)の正体
http://www.asyura2.com/0306/bd28/msg/225.html



藤森かよこの日本アイン・ランド研究会
http://www.aynrand2001japan.com/index1.html

アキラのランド節
http://www.aynrand2001japan.com/akira.html


・文学した新ユダヤ人?[01/21/2002]

ユダヤ系のアイン・ランドのこと調べていたときに、ユダヤ人問題も調べだして、私がほんとうにびっくりしたことがある。私が無知なだけで、これは常識なのかもしれない。みなさん、ご存知でしたか??それは何かといえば、私たちが普通に考えている「ユダヤ人」というのは、聖書に出てくるユダヤ人ではない、つまりイエス・キリストと同じ民族でも人種でもない、その子孫でもない、ということだったのであります。7世紀頃に、コーカサスからカスピ海北岸あたりに、カザール国というけっこう大きな国があったそうで、その国が東ローマ帝国とイスラム帝国にはさまっていたらしい。で、どちらに属するか進退を迫られていたらしい。そのカザールという国の王様が、じゃあ、キリスト教(東ローマ帝国だからギリシア正教か)と、イスラム教の基本である旧約聖書を正典としたユダヤ教に国ごと改宗すればいいんじゃない?というわけで、そうしたんだそうです。そのときからこの国の人間が「ユダヤ人になった」そうなのだ。その後、この国は滅びまして、国民たる「ユダヤ人になったトルコ系白人」がヨーロッパに散ったと。ユダヤ人には十二部族あるとされていたけれども、実は第十三番目の部族があると。それが、このカザール人であると。これは、アーサー・ケストラーという有名な科学者・哲学者(30年代左翼の幻滅を書いた小説家でもあった)が書いた『ユダヤ人とは誰か---第十三支族、カザール王国の謎』(三交社、1990年.原書は1976年:Arthur Koestler, The Thirteenth Tribe:The Khazar Empire and Its Heritage)という本の内容です。この本が、信用できるものなのかどうかわかりません。翻訳者の宇野正美という方は、けっこう「とんでも本」書いているしなあ・・・ユダヤ問題系の「とんでもない眉唾の本」って、多いでしょう。「ユダヤ名誉毀損防止連盟」から抗議されるような種類の本が。でも、別にこの本は、ユダヤ陰謀論とかそういうものではないよ。

しかし、この本の内容が本当ならば、今のパレスチナ居住の正当な権利は、私たちが知っている(白人系)ユダヤ人(アシュケナージ系ユダヤ人というのだそうだ)には、歴史的にないよね。全然ないよね。彼らは、単なる強奪暴力的一気呵成的植民者だよね。どうも、この白人系ユダヤ人は、中東系本家本元ユダヤ人を馬鹿にしているそうです。イスラエルの中でも、階層的にはこの中東系本家本元ユダヤ人は低く置かれているそうです。本来の聖書に出てくるユダヤ人は、もちろん中東人なんだから、今のパレスチナの人々と同じ肌の色で、こういう連中が大量にやってくる前は、宗教は違っても、何とかけっこう共存していたらしい。つまり、世界を彷徨したというか、世界中を股にかけたユダヤ人というのは(あの幕末長崎のグラバーさんとかいう武器商人も)、白人系ユダヤ人で、こういう中東人ではないのですね。どうも、中東系本家本元ユダヤ人はずっと中東にいたり、スペインあたりやアフリカとかに移住したりで、なにも、わざわざ遠くの極東の国にやって来て、そこで内乱をたきつけて、中古武器売りまくって稼ぎまくるような元気はなかったみたいです。だいたいが、東洋系の人間は、世界探検なんて関心ないですから。世界中をうろちょろ探検するなんて、白人の病気だ。

ところで、7世紀あたりといえば、日本ならば大化の改新あたりですから、日本でも半島からの渡来人は畿内に多く住み、朝鮮語と大和言葉をチャンポンに使っていたらし。多分、このふたつの言語も、いまほど隔絶していなかったのかも。私の勤務先は、泉州の弥生式の古代遺跡が多くある地域にあって、「唐国(からくに)」なんて名の町もあります。私は今、その町にいて、これを書いているのだ、むふふ。いかにも、古くから開けたところだったのだろうなあと思わせる匂いが、ここらの土地の空気の中にあります。奈良よりももっと古代的な匂いです。どうせ殺し合いばかりしていたんだろーが、と思わせる京都の禍々しい空気とは、別の大らかな空気です。京都の坂本龍馬の墓もある霊山公園(りょうぜんこうえんと読むのか?)なんて、どこか気色悪いですよ。幕末の志士たちの墓が山全体にまとめてあるんですが、要するに殺害したりされたりの人々ですから血なまぐさい、ろくでもないものを感じます。「気」は明るくないよ、あそこ。なんで、みな京都散策なんてするの。気色悪いわ、私は。10年くらい前に、道間違えてその霊山公園に行ってしまって、ついでだからと、山登って龍馬の墓を見に行った。へ〜〜とぼんやり眺めていたら、やたら目の澄んだ青年から「龍馬先生がお好きですか?どうか蝋燭を手向けて差し上げてください。」と話しかけられて、一本の蝋燭を手渡された。なんだったのか、あの青年は。あの清清しさには、何か危ないものが混じっていたな。何の話だったか?そう、私はべつに本家本元のユダヤ人でもないのに、「パレスチナで威張るな!行き場をなくした白人が東洋人の場所奪って東洋人虐殺しているだけじゃないか、遅れてきた植民地やりやがって、また東洋人苛めやがって、白人というのは、ほんとうに暴力的でろくでもない!」と言いたいわけではありません(ほんとは言いたい)。つまり、7世紀の日本がそうだったように、厳密な日本人なんていない。それから、人種だって、DNAのレベルから言えば、分けるのが無意味らしい。みな誰でも、アフリカのある女性の子孫らしいし、コーカサスとかニグロイドとかモンゴロイドとか分けられない人々のほうが多いのであって、つまりこういう人種というのは近代の捏造(発明?)だと、勤務先の元同僚の方(沖浦和光氏)が話しておられた。だから、人種の民族の正統性を云々したいわけではないのです、私は。

私が感心したのは、このカザール国の人々の末裔たちが、自らを「ユダヤ人」と自己規定して、自分たちの祖先のものでもない旧約聖書を「血ではなくて、観念で理念で把握して」、その選民思想を信じて、「自らをユダヤ人として構築して」生きてきたということです。つまり、思い込みだけで生き残ってきたということです。つまり旧約聖書という妄想、物語を生きたということです。だからこそ、自分たちのアイデンティティを保持して生き残ってこれたらしいということです。これは、すごいことではありませんか?国が滅んで、人間がヨーロッパやロシアに流れて散れば、その先で同化していくものではないでしょうか、普通は。自らの起源など忘れるでしょう。そんなもん、どうでもいいもの。私自身にだって、アイヌの血も大陸の血も南方の血も、はいっていますし、「典型的ウイグル族の顔だ」と言われたことがあるから中央アジアの血も入っているかも。でも、今が幸せならば、なんでもいいよ。しかし、彼らは、旧約聖書を、それによる自己規定を信じて生きた。だからこそ、迫害もされたが、だからこそ生き残った。この人々は、早々と7世紀に出現した人工運命共同体=国民国家だったのかもしれません。その国家が滅びたから、観念の国家を形成したのだろうか。近代以降は、彼らもユダヤ教を捨てていったにしても、ヨーロッパの「ユダヤ系」とは、彼らカザール人の末裔であるのだ。その末裔さんたちの中に、今の世界を動かしている(混乱させている?)超VIPがいることと、この私の感心は別のことです。ロスチャイルド一族は、宮廷ユダヤ人から貴族になってヨーロッパ中に分家して欧州連合の黒幕だそうではありませんか。ロックフェラー一族も、アメリカに移民した白人系ユダヤ人。なんとアイン・ランドはフィリップ・ロスチャイルドの愛人だったとかいう説もある。そうなると、彼女が若くして亡命したのも、ある手引きがあったということになる?まあ、どっちでもいいよ。一人の作家の人物にも、その作品の中にも、玉もあれば石もあるし、ミソもクソもあるから、別にそれはいいのだけれども、ただ、ただ、私は「物語」を信じた人間の強さに、その人間たちが歴史を作ってきたということに、感心いたします。これって、おおざっぱに言えば、物語の勝利、「文学」の勝利なのよね。人間はいい物語信じて、それを生ききることもできるんだ。きちんと「文学する」ことは、生きる糧になる。

それと、嬉しかったなあ〜〜。私はキリスト教の組織は嫌いです。しかし、イエス・キリストという人物が言ったとされることには共感します。キリストという人物と、教会は別物だと思っています。キリストと、血なまぐさいキリスト教の歴史は違う。キリストと「クリスチャン」を同一視しないようにしています。今、ここにキリストがいたら、クリスチャンにはならないと、マーク・トウェインだって書いていた。もちろん宣教師とキリストは別物です。なんか絵画でキリストが白人男性みたいに描かれているのを大量に長時間見てきたせいか、キリストが東洋人だってこと、うっかり忘れてた。そうよ、ヨーロッパ人みたいな野蛮な連中から、あんな思想が生まれるはずない。やはり東洋人なのよね、キリストって。また、勝手に納得しているな。



・アイン・ランドとフリーメイソン [10/25/2004]

この文は、前回のランド節の続編にあたります。あれ以上長くなると、読み辛くなるので書かなかったことです。誤解されやすく、かつ微妙な話題でもありますし。

はっきり言っておきますが、私はアイン・ランド=ユダヤ世界支配陰謀の走狗説など信じておりません!ただ、それとは別に、どうも彼女の人生とか作品には、ユダヤ人も多く入会しているらしき某秘密結社との関係が推測できる・・・つまり、「フリーメイソン」とランドは無関係ではない・・・と考えている人間です。

あくまでも仮説です!はなはだ誤解されやすい仮説だけれども、ずっと考えてきて、多分、事実だったのではないかなあ〜と私が確信するようになったことです。資料などありません。あるはずないよ。

ランドの評伝を読んでいて、私が非常に不思議だったのは、ランドがソ連からアメリカにやって来る経緯や、ハリウッドに入り込む経緯が、なにゆえか不明瞭だったことです。ランド自身が弟子にも詳しく話してなかったのか、評伝を書いた弟子たちが、何らかの理由で、そこはサラリと書いたのか・・・??

ランドが故郷のサンクト・ペテルズブルクのフィンランド駅から鉄道でベルリンに出て、そこから大西洋岸まで出て船に乗り、エリス島に上陸し、入国検査を受けて許可を得てマンハッタンに渡り、鉄道で親戚のいるシカゴに行き、そこにしばらく滞在して、一年もしないうちにハリウッドに行き、スタジオの前で立っていたら、名監督セシル・B・デミル監督に声をかけられて、エキストラとか衣装係とかの仕事にありつけるようになったという、これらの経緯。

このとき、彼女は大学を出たばかりの21歳です。ソ連の大学には飛び級かなんかでもあったらしく、20歳で卒業している。いくら気丈な頭のいい娘でも、そんな年端のいかない女の子が、家族から離れて単身アメリカをめざすというのは、大胆不敵を通り過ぎて、なんか荒唐無稽な突飛な感じがしないか?切羽詰っていたにしても、シカゴには母方の親戚がいたとしても、ユダヤ系は移民には慣れているとしても、なんか不思議な気がする。

ソ連からアメリカに渡るまでの期間でさえ、いろいろあったに違いない。彼女にとっては、初めてのひとり旅で、かつ外国旅行ですよ。観光旅行ではないですよ。もう、二度とソ連には帰らない意志を堅く持った亡命の旅ですよ。不安も恐怖も寂しさもあったろうし、出会う見知らぬ人々への疑惑とかもあったに違いない。無事にニューヨークに着いたときは、いかほどに安心したろうか。また、女の子ひとりの移民を、エリス島の移民管理局が簡単にパスさせたかな?と思う。若い女の子にしつこく尋問して喜ぶ類の意地の悪いセコイ小役人って、いそうではない?

でも、ランドはいっさいそういうことを書いていない。それまでのソ連時代のことは、多少は書いているのだけれども。しかし、アメリカに来るまでの旅程とハリウッドに入り込むまでのことは、あまり書いていない。この人は自伝の類は書いていない。過去を振り返るタイプではなかったのだろう。しかし、彼女にとっての初めての一人旅&外国旅行ですよ。印象は強烈だったのではない?普通は書くよねえ?

そりゃ、記憶力が悪ければ、書けないから書かないということはある。たとえば、私が『自伝』を書けと言われても困る。書くほどのこともない平々凡々な人生だったからということもあるが、あんまり覚えていないから。しかし、ランドは作家ですよ。作家というのは記憶喚起力が強い。印象喚起力が強い。覚えていないはずがない。

ということは、書きたくなかったということですよね。そこは、ぼやかしておかねばならなかったということです。

多分、ランドの父親、もしくは母親の父親は、フリーメイソンの会員だったのだろう。ロシアでは、1822年にフリーメイソンは表向きは禁じられた。その結社の「自由&平等&博愛」を実践しようとする方針は、帝政ロシアにおいて革命を促すような危険思想だ。つまり、禁じられるぐらいに、ロシアのインテリや上層部にフリーメイソンが食い込んでいたということだ。そのネットワークで政治に大きく関与できたということだ。でも、脈々とそのネットワークは生き残ったに違いない。だって、ソ連時代にはすっかり完全に息の根が止められたはずなのに、今のロシアには、フリーメイソンのロッジがどんどん増えているから。ずっと隠れていたんだなあ。さすが秘密結社。

ソ連時代のほうが、帝政時代より、この結社がさらに激しく弾圧された理由はわかるよね。フリーメイソンはブルジョワジーの結社みたいなもんだし、大粛清=大虐殺平気の共産党独裁のソ連にとっては、フリーメイソンの精神なんて邪魔に決まっているし。

あ、フリーメイソンって、要するに志(good will)ある成功者のグローバルな会員制クラブみたいなものらしいです。まあ、そのクラブに入会したおかげで、情報と人脈が使えて成功者になった、という人々の方が多いのかもしれないが。そのネットワークの規模はすごいし、歴史も長いし(古代エジプトからという説もある)、ヨーロッパではカトリックに対抗する大きな勢力であるので、「闇の勢力」とか「世界を支配する影のネットワーク」とか言われてきていますが、インターネットでアメリカのフリーメイソンの支部とか調べるのは簡単です。別に怖いとか、おどろおどろしいとか、そういうようなものではなさそうです。アメリカでは、成人男性の20人にひとりはフリーメイソンらしい。やはり「成功者」のクラブみたい。

たとえば、私の好きなマーク・トウェインは、スコットランド系のフリーメイソンの会員でした。彼の作品の基本精神は、まさにフリーメイソン的。彼は、事業の失敗でかかえた莫大な借金(法的には彼が返済する義務はなかったけど、道義的にはあった)を、ヨーロッパ各地での講演会の謝礼で、全部きれいに返した。そのヨーロッパ講演旅行の手引きは、フリーメイソンの会員(ブラザー)たちにしてもらったのだと私は思う。南北戦争から逃げて、南軍から脱走して、カリフォリニアでしょうもない新聞の記者をやっていた彼が、東部エスタブリッシュメントに認められた作品の最初は、Innocent Abroadというヨーロッパ外遊記だった。多分、この旅行の案内もフリーメイソンのネットワークに頼ったのだろう。ただし、こういうことはアメリカ文学会とかアカデミズムでは言いにくいことでありますが。

日本にも、その集会所(ロッジと呼ばれる)はあるそうです。神戸や横浜には、なんと明治維新前から英国人の支部と、その「ロッジ」があったそうです。横浜の外人墓地の墓で、明治維新前の墓に、フリーメイソンのマークがついたものがあるそうで。

日本人のための支部と、そのロッジもあるそうです。日本の要人たちも会員になっているそうです。外務省とか財務省の官僚も多いらしい。昭和天皇の叔父の東久邇ナントカという人物も鳩山一郎もフリーメイソン。ということは・・・・??

ところで、そのロッジには番号がついている。会員(ブラザー)同士は、「どこのロッジか?」と確かめ合うそうだ。「ジャパン・ロッジ204です」とか答えるらしい。日本には、たくさんのロッジはないとは思うけどさあ、どなたか会員の方は、いらっしゃいませんか?いろいろこっそり教えてください。

例の幕末の「外資」の武器商人の長崎のグラバーさんは、スコットランドのフリーメイソンで、そのネットワークを使用して、後の明治の元勲になる長州の下級武士たち(伊藤博文とか)をヨーロッパ旅行させたという説がある。「尊王攘夷」とか騒いで、外国を討つべしと騒いでいる連中には、実物のヨーロッパ、特に英国を見せるのが一番の薬、教育だから。アヘン戦争で英国が中国から分捕った上海にもあったそうだ、フリーメイソンのロッジは。

グラバーというスコットランド人は、ジャーデン・マセソン商会というグローバル経済を先取りしていたようなスコットランド系大商社の日本支店長さんだった。この人の手引き=この大商社がその傘下にあるロスチャイルド財閥の方針で、英国産の武器が大量に薩摩や長州に売り渡されて、明治維新が成ったというのは、副島隆彦氏の『属国日本論』(五月書房)やマンガ『属国日本史幕末変』(早月堂書房)によって、すでに多くの人々に知られる「隠れた史実」です。ということは、ロスチャイルドもフリーメイソンなのか?ここらあたりで、ユダヤ陰謀説とフリーメイソンがごっちゃにされ、ランドがフィリップ・ロスチャイルドの愛人だったとかいう説が、出てきたのだろうなあ。

なんと、幕府の要人で幕府からの命でオランダに留学した西周(にし・あまね)は、オランダでフリーメイソンに入会している。これは、入会の署名がされた書類が、ライデン大学に保管されているそうだ。このライデン大学は、フリーメイソンの寄付で設立された大学だから。ということは、幕府の内側から、「外国に抵抗したって無駄ですよ〜攘夷なんて無理無理無理」と、将軍徳川慶喜に言う人間を、ちゃんとフリーメイソンは養成したということであり、この西周の洋行の世話したのもグラバーさんだったらしいです。討幕派にも幕府側にも関与していたわけですね。

フリーメイソンに関する日本語文献の中で、信頼できて入手容易な最近出版されたものでは、加持将一氏の『石の扉---フリーメイソンで読み解く歴史』(新潮社、2004)がありますので、お奨めします。とても面白いです・・・

ところで、グラバーという青年には、日本の封建制を倒し、フリーメイソン的市民革命を起こしたいという志が多少はあったのではないかと、著者の加持氏は書いておられます。といっても、明治以降の日本において、自由や平等や博愛が主義になったわけでもなく、明治維新はアメリカ革命でもフランス革命でもなかった。全く市民革命ではなかった。フリーメイソンの理念を実践するには日本はまだまだ未開の部族社会すぎた。帝国主義の尖兵の心にも、経済侵略者の心にも、いくばくかの善意はあったのでしょうが、グラバーさんのやったことは、あらたな封建制を発足させただけのことだった・・・、

それはさておき、アイン・ランドの両親が、できのいい長女を単身アメリカに渡らせたのには、娘の安全が確信できるだけの見通しを、両親が持っていたからではないか。娘に、フリーメイソンの家族であることを証明する何かを持たせれば、彼女がそのネットワークを使って、なんとか無事にアメリカに渡ることは確実であり、アメリカ上陸後も何とかなるという自信が、両親にはあったのではないか。異国での宿泊地や仕事の斡旋に、アメリカ入国の審査の緩和とかもクリアできるコネがあったということではないか。だいたいが、シカゴに移住した親戚というのも、フリーメイソンのネットワークを利用して移住したと考えられるし。

それから、ハリウッドのスタジオの入り口に立っていたら、偶然に大監督のセシル・B・デミルに声かけられたというエピソード・・・この監督はフリーメイソンです。ランドは、それを知っていて、自分がフリーメイソンの会員の娘であることを示す何かを大監督に見せたのではないか?会員にだけわかる何かの言葉とかを発したのではないか?デミルは、ランドとの出会い以来、ランドを「おい、キャビア!」と呼びかけて可愛がってくれた。フリーメイソンのブラザー同士の相互扶助というのは、なかなかのものだそうだ。ランドが、ハリウッドに入り込めたのには、ハリウッドがもともとユダヤ系ロシア人のメッカだったということもあるが、同時にハリウッドはフリーメイソンのメッカでもあったからではないか?ここで「あ、やっぱりユダヤ陰謀論だ!」と思い込まないように。

それから、『水源』の主人公は、なんで建築家なの?建築家って、中世で言えば、「石工」(mason)でしょう?ロークは、「自由な建築家」=「現代の自由な石工」だ。もともとが、フリーメイソンというのは、大昔の高度技術者集団=石工の組合だ。大教会だの大寺院だの宮殿だの城砦だの砦だの、みんな石工たちが造ったのだ。フリーメイソンの会員が集まる集会所を、なぜロッジと呼ぶかと言えば、各地から集まった石工たちが建造物の建築中に寝泊りする場所=ロッジから来ている。

みなさん!『水源』をお読みになったみなさん!この石とか、大建造物の工事中に集まる石工たちのイメージというのは、な〜〜んか、『水源』の中に見え隠れするどころか、あからさまなイメージではありませんか?まず、この小説の冒頭に出てくるイメージは、花崗岩ですよ。ロークが学ぶ大学の建物はもちろん石造であるのですが、小説の始めあたりに、この石造の建築物が、「中世の要塞」に似ているものとして描写されています。ご丁寧にゴシック様式のチャペルも描写されています。この小説は、もう冒頭からもろに「フリーメイソンくさい」です。そう思いませんか?

それから、ロークとキャメロンの関係は、親方(master)と徒弟(apprentice)の関係でしょう。教師と学生の関係ではなく、職人同士のそれでしょう。ロークに心酔して集まる男たちって、マロリーは石を彫る彫刻家で、これも現代の石工。マイクは電気技師ではあるが、建設工事の現場でしか働かないのだから、これも現代の石工。つまり、ロークとその友人たちは、みな石工。ガソリン・スタンドの設計をロークに依頼したジミー・ゴウエンも自動車整備工だけど、これも現代の石工みたいなものでしょう?

本来は、石工の組合、技術の伝承もかねる職人養成所だったフリーメイソンには、だんだんとその人脈資源と情報資源に目をつけた上層階級の人間も入会するようになった。フリーメイソンは汎ヨーロッパ的組織だったので、外国とコネクションを持ちたい大貿易商とか外交官とかも入会するようになった。「現代の石工」のロークに心酔したワイナンドみたいだ。ロークに建築を依頼した財界人みたいだ。

ロークが採石場で働くところには、もろに石が出てきます。あたりまえ。だけど、なんで「石」なんでしょうねえ?ねえ??

『肩をすくめるアトラス』に登場するヒロインやヒーローたちは、腐ったアメリカの中に新生アメリカを建築しようとする人々は、みな重厚長大産業の担い手が多かった。鉄道だの鉄鋼製造業だのエンジン製造だの鉱山開発だの・・・これって、みな石工的なものではない?

また、彼女や彼らが作る新生アメリカは、「自由と平等と博愛」を標榜したフリーメイソン的秘密結社じみていないか? だんだんと、社会から消えていった有能な人材が、人知れずコロラドの山中で別社会を形成するという設定は、もろフリーメイソンの比喩に思える。ジョン・ゴールトと彼の仲間たちは、国家を造っているというよりは、どう見ても仲間内で巨大な地下室に秘密結社を造っているようにしか見えない。なんか、イメージが前近代的なのよ。近未来SFなのに、電気がついていなくて、明かりは蝋燭だけみたいな、奇妙な半端でない古めかしさがある。

しかもシンボルマークが、ドル($)マークだってさ。1ドル札には、フリーメイソンのマークであるピラミッドとひとつの目(全能の神の瞳)が描かれている。1ドル札は初代大統領ジョージ・ワシントンの絵柄だしなあ。彼も、フリーメイソンだったそうです。ベンジャミン・フランクリンもそうでした。つまり、アメリカ独立革命は、フリーメイソンが起こした革命だったということらしいです・・・じゃ、ランドが依拠したアメリカ独立宣言の理念も、フリーメイソン的なるものの別バージョン?

これくらいにしておきます。このテーマについては、まだまだ私は調べなければならないですから。ただ、ランドの小説は、読む人が読めばすぐわかるほど、「フリーメイソン」的であり、彼女がアメリカの国民作家になったのは、フリーメイソン国家であるアメリカにとっては至極当然のことであった・・・彼女の提唱した思想は、フリーメイソン的なるものの結晶体だった・・・という確信は、私の中で日増しに強くなっています。

リバタリアニズムについても、この文脈から考えてみることも必要ではないかと、今の私は思っています。ひょっとしたら、ネオコンもリバタリアニズムも、その根にはフリーメイソンが関わっているかもしれないのだから。自由主義思想自体のルーツを考えてみないとなあ・・・

ちなみに、フリーメイソンには女性は入会できません。21歳以上の男性ならば、審査を経て許可されれば入会できます。ランドの心の中には、人間の理想を掲げたその結社に、全世界ネットワークに、女ゆえに入会できなかった慙愧の念が、いくばくかはあったのではないか。その満たされなかった憧憬は、『水源』や『肩をすくめるアトラス』に描かれる男たちの「結社」に紅一点混じるドミニクとかダグニーというヒロインに託されているのではないかと、私は想像するのです。

新潟では大地震が起きた・・・天変地異日本!来年は、もっときつい年になりそう・・・

悪夢だろうが吉夢だろうが、夢など見ないというか、見ても忘れてしまう私でありますが、一度でいいから、アイン・ランドと長々と語り合う夢を見たい。ロシアなまりの抜けないランドの英語を聴き取れるかどうかわかりませんが、ことの真相を話してもらいたい。ヴァーチャルとはいえども、私は、この極東アジアの一角に「ランド・ロッジ」作ったんだから。一度くらいは会いに来てくれてもいいのではないでしょうか?夢で会いましょう〜♪



・なんだって両刃の剣だよね [10/17/2004]

今だから書きますが、2001年の早春あたり、アイン・ランドについて調べ始めたときに、少しだけ私には迷いがあった。「この人を日本に紹介するのは、日本人にとっていいことだろうか?」とか、「この人を研究対象にしていいのだろうか?なんか、しょうもないことに加担することにならないか?」とか、わりと真剣に考えた。

以下が、私が悩む原因になった、ランドに関する疑惑ふたつです。

(1) 疑惑1:アイン・ランド=ネオコンの手先?
多くの研究者が論じてきたように、ランドが提唱した客観主義という思想は、政治哲学用語ではリバタリアニズムと呼ばれるラディカルな自由主義に入れられる。だいたい、雑に言ってしまえば、リバタリアニズムというのは、アメリカの「独立宣言」の理念を徹底させただけのことだ。

個人の自由と平等と幸福の追求の権利を守ることだけが政府の機能と定めたこの宣言の背後には、宗主国イギリスのやり口にうんざりしてきたアメリカ植民地の人々の切実な感情がある。政府がとやかく口出すとろくなもんじゃない、税金取られるばっかりだ、俺たちが生み出したものは俺たちがどう処分しようが、俺たちの勝手だろうが、どこの国に売りつけてもいいだろうが、先住民族殺しまくって、汚くて危険できつい3K仕事やりまくって、この大陸をここまでしてきたのは、俺たちなんだぞ、本国で気取って小指たてて紅茶飲んでる連中がいったい何をしたのか?という怒りである。

ランドの思想は、アメリカの草の根の保守思想というか、基本的な古典的なアメリカ人の政治観であり、西洋近代のエッセンスみたいなものであり、私にはしごくまっとうなものと思える。だから、なんで、こうも文化左翼系リベラリストたちから馬鹿にされなければならないのか、わからなかった。私の同僚のアメリカ人なんか、「馬鹿右翼。資本主義擁護者。あんなのが読まれているのは、アメリカの恥」とか言いやがった。くそ。だけど、この人物は、ランドのものを読んでいないのだけどね。『肩をすくめるアトラス』は、途中まで読んでやめたそうだ。だいたい、ランドを馬鹿にする奴は、ランドをほんとうには読んでいない。間違いない。

アメリカの左派系インテリから見れば、ランドの思想は、ネオコンの論理に賛同していることになる。熱烈に自由放任資本主義を擁護し、アメリカ的システムを神聖視し、人類が獲得できた最も優れた政治体制であるとして、冷戦期のアメリカの大義を説き続けたランドは、アメリカの都合どおりに全世界をアメリカ化(グローバリゼイション)し、アメリカ一国主義(ユニラテラリズム)を正義と考えるネオコンと、どこが違うか?というわけである。世界がアメリカになれば、世界は理想郷に近くなると考えるのと、どこが違うか?というわけである。アメリカがアメリカであるためには、非アメリカが存在しなければならない、アメリカが非難する非アメリカのおかげでアメリカは立っている、という省察がないネオコンと、どこが違うか?というわけである。

ついでに、ランドのアメリカ的システム絶賛は、アメリカをやたら美化、ロマン化したい移民根性の産物で、現実のアメリカの暗部や闇を直視することから国民の目を逸らしてきた、アメリカの不正を糊塗することに加担してきたと、いうわけである。非アメリカ的なことは言うまでもなく、反アメリカ的な言説も封じるアメリカの画一主義(conformism)まで、ランドの言説はあと一歩だ、というわけである。これこそランドが憎んだ集団主義、全体主義じゃあないか?というわけである。

だいたいが、ランドが賛美するアメリカの建国の理念など、黒人奴隷の解放に関する事項を削除した独立宣言起草の段階で、すでにしてあらかじめ、ぶっ壊れていた。南北戦争のときには、すっかり空洞化していた。だって、「南部は南部でやりますから、ほっておいて」というのは、イギリスに対する植民地アメリカの姿勢と同じだ。民族自決だ。「それぞれの地域には、文化とか経済体制とか独自な事情つうものがあるんで、そう理屈どおりには行きません。あんたたちの黒人奴隷解放という大義名分の背後にある覇権志向や経済侵略に、素直につきあってはいられません。こちらはこちらのペースでやります。そういう権利は我々にはある」という南部の立場は、理が通っている。そんな、空洞化して100年以上もたっている理念を20世紀にがなりたてて、アナクロ〜〜なんか魂胆でもあるの?〜〜と左派が疑うのも無理はない。

私は、ランドの見解に素直に屈折なく賛同した者である。アメリカの建国の理念を額面どおりに受け止め、感動した者である。でなければ、日本に原爆をふたつも落とした国について勉強したりしない。だいたい、ランドという作家は、私みたいな単純な人間をひきつけるほどに、とてつもなくナイーヴでまっすぐなんである。

そもそも彼女の考える資本主義者とは、自らの能力で生み出したものを、その生産物の価値と匹敵する価値を持つ何かを生み出せる人間と、公平に互いに納得しながら交換するという、交易者(trader)である。だから、『水源』においても、『肩をすくめるアトラス』においても、ランドが肯定的に描く財界人は、みな独力で実業や重工業分野で資産を築いた人々である。その資産をさらに大きな事業に使っていく挑戦者である。会社の社長といっても、自ら工夫し発明するんである。産業の一線に立って戦い責任を担う人々である。銀行家や投資家や金利生活者は、彼女の小説においては、まともなキャラではないんである。

しかし、このような交換ぐらいでは資本は大きくは蓄積されない。ただみたいに容易に楽々と手にいれたものを、どこか別の場所で高く売りつけることをしないと、巨大な利益は出ない。また、ランドは、利子については書いていない。つまり貨幣が貨幣を生むことで蓄積されてゆく運動については、何も書いていない。ましてや、デリバティヴなんてネットの先物取引の数字だけが行き来するようなマネー・ゲームなど、想像すらしていない。ランドが支持する資本主義は、あくまでも勤勉な労働者に報いる公平なシステムなのだ。国家的危機だろうが国際紛争だろうが高税だろうが、すべての政治経済的リスクを回避してサヴァイバルできる貨幣の蓄積による絶対確実な子々孫々にわたる保身と権力維持という、グローバルな=無国籍な資本家というものを、ランドは想定していない。

『肩をすくめるアトラス』は、腐ったアメリカの中に、もうひとつのアメリカ=新生アメリカを建設する大プロジェクトを扱った物語だが、そこには、自分の国の行く末なんかどうでもよく、国民のことなどどうでもよく、自己の財産の保全と保身のみが関心事であり、税金はなるだけ払わないように全身全霊かけて工夫し、国家滅亡の事態にもちゃんと安全確実に備えているという類の金持ちは、登場しないのだ。

現代の文脈で言うグローバリストなんて、ランドの想像力の中に存在しない。だから、彼女をネオコンと同一視するなんて、曲解もいいところである。

しかし・・・そういう見方が現実にあるということは、これ事実なのであります。ランドは、表面的には、リバタリアンとも見えるし、ネオコンとも見える。それは事実。こうした、ランドのヤヌス性は、日本人にとっては、両刃の剣だ。自分を搾取する者に性懲りもなく期待し続けてきた依存性が骨がらみの権威主義の奴隷根性の日本人が、リバタリアニズムという思想から学ぶものは多い。一方、ネオコンは長いものに巻かれる日本人の奴隷根性を増幅させる。リバタリアンの先駆としてのランドは日本に紹介する意義がある。しかし、ネオコンの仲間のランドを日本に紹介することなど、無駄なことだ・・・私はアメリカ人じゃないもんね・・・アメリカ人になりたいわけでもないもんね・・・これを悩まずして、何を悩むべきか?

リバタリアンとネオコンは似て非なるものだ。ラディカルな自由主義は、互いの自由な選択を認め合って、妥協を図る。ネオコンは、アホが考えて選択しても、しょうもないから、賢い奴が考えるとおりにしな、という姿勢である。人間は、矛盾しているものであるが、アイン・ランドという作家&思想家も矛盾しているのよ〜〜ということで片付けられるのか?

どうする?どうしようか・・・

しかし、どんなものでも両刃の剣だろう。どんな思想だって両義的だろう。時代によって違ってしまう文脈が、両義性を生み出し、新たな意味を付与してしまうということもある。それに、魅力的な人間はうさんくさいものだ。安全無害な加害性のないものは、毒にも薬にもならない。私は、ランドの「薬」「光の面」を信じることにした。まあ、最後はやみくもな信仰みたいなものに、背中を押されるしかないわけだし。信じるというのは、博打みたいなものだし。

(2) 疑惑2:アイン・ランド=ユダヤの世界支配陰謀の一味?
この疑惑は、問題にすること自体が馬鹿にされるようなもんである。しかし、私たちが知っている(官製の)歴史が隠してきたことは多いらしい。ええええ〜〜〜?!と仰天するような現実が庶民には知らされてこなかったらしい。たとえば、副島隆彦氏の漫画『属国日本史幕末編』(早月堂書房、2004年)を読みましたか?濱田政彦氏の『神々の軍隊---三島由紀夫、あるいは国際金融資本の闇』(三五館,2000年)とか、在野の日本史研究者(弁護士さんでもあった)の鹿島昇氏の『裏切られた三人の天皇――明治維新の謎』(新国民社、1999)とか、読みましたか?もう、ひっくりかえりそうになる。この3冊をフランスに住んでいる友人にアマゾン経由で送ったら、読んで興奮した彼女から、国際電話がかかってきたくらいである。

たとえば、『神々の軍隊』には、以下のようなことが書いてある。明治維新以来、皇室を含む日本の上層部は、政治家にしろ大財閥にしろ知識人にしろ高級官僚にしろ上層軍人にしろ、欧米の国際金融資本の支配下にあり、そのネットワークに依存してきたのであり、日本人であって日本人ではなかったし、上層部ほど日本のことは考えてこなかったとか。皇室は、スイスの銀行に財産をあずけていたし、この欧米国際金融資本のネットワークから情報を得て投資もして財産維持増大をしてきたとか。「天皇よ、この大和の国の現人神として顕現せよ!」という2・26事件の反乱将校たちのゴリゴリ国粋主義の遅れてきた尊皇攘夷みたいな純粋天皇主義者の熱い熱い思いなど、天皇にとっては迷惑至極、うざったくてしかたないものだったとかいうことも、書いている。

欧米の帝国主義の真似をして品位を失くして行く祖国を憂い、天皇を「本気で」信じ敬った反乱将校たちの、真の皇道派の血気と忠誠は、完全な片思いだったわけです。チヤホヤしてくれるのは構わんが、崇め奉ってくれるのは大いによろしいが、国民とともになんて気持ちはサラサラありません、ましてや責任などありません、我々は特別なんだから、というのは、あの種の特権階級の本音だろうなあ・・・三島由紀夫は、だから昭和天皇
posted by ヒート at 17:22| Comment(5) | TrackBack(0) | 人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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